・・・当日私は妻と二人で、有楽座の慈善演芸会へ参りました。打明けた御話をすれば、その会の切符は、それを売りつけられた私の友人夫婦が何かの都合で行かれなくなったために、私たちの方へ親切にもまわしてくれたのです。演芸会そのものの事は、別にくだくだしく・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・ 諸君が姑息の慈善心をもって、些少なりとも、ために御斟酌下さろうかと思う、父母も親類も何にもない。 妻女は亡くなりました、それは一昨年です。最愛の妻でした。」 彼は口吃しつつ目瞬した。「一人の小児も亡くなりました、それはこの・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・誰やらが『我は小説家たるを栄とす』と声言したのは小説家として立派に生活するを得る場合に於て意味もあり権威もあるので、若し小説家がいつまでも十八世紀のグラッブ・ストリートの生活を離るゝ能わずして一生慈善家の糧を仰ぐべく余儀なくさるゝならば、『・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ん、とある、而して今時の説教師、其新神学者高等批評家、其政治的監督牧師伝道師等に無き者は方伯等を懼れしむるに足るの来らんとする審判に就ての説教である、彼等は忠君を説く、愛国を説く、社交を説く、慈善を説く、廓清を説く、人類の進歩を説く・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ 私はこの社会に於て弱者に対して、若しくは貧窮者に対して、これを救うという場合に、単にそれを気の毒だから助けてやるとか、若しくは慈善は善なる行為であるから救うとかいうのでは、反ってその人間を堕落させるのみで、決して社会の為めになるもので・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・終生独身で過ごした、B医師はバラック式であったが、有志の助力によって、慈善病院を建てたのは、それから以後のことであります。もちろん、老人の志も無とならなかったばかりか、B医師は、老人の好きだったらしいすいせんを病院の庭に植えたのでありました・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・もし、これを国有としたならばと思われるのであります。慈善病院が、三つや四つできたゞけでは、無産階級が救われるとは考えられない。 その日、その日、この社会には、どれ程、貧困のために、悩み、苦しみつゝある者があるであろうか。子供は、飢に泣き・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・しかし、それとて真に慈善の意志から出たものか、どうかは、疑わしい。 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・細君は店へ顔出しするようなことは一度もなく、主人が儲けて持って帰る金を教会や慈善団体に寄附するのを唯一の仕事にしていた。ほんまに大将は可哀相な人だっせと仲居は言うのだったが、主人の顔には不幸の翳はなかった。 しかし、ある夜――戦争がはじ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 温情家とか慈善家とでも思っているのかね? とんでもない!」原口の出て行った後で、笹川は不機嫌を曝けだした、罵るような調子で私に向ってきた。 私は恐縮してしまった。「いやけっしてその、そんな風に考えているというわけでもないのだがね…・・・ 葛西善蔵 「遁走」
出典:青空文庫