・・・ しかし王氏はこの言葉を聞いても、やはり顔の憂色が、ますます深くなるばかりです。 その時もし廉州先生が、遅れ馳せにでも来なかったなら、我々はさらに気まずい思いをさせられたに違いありません。しかし先生は幸いにも、煙客翁の賞讃が渋りがち・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・鏡の中のわが顔に、この世ならず深く柔和の憂色がただよい、それゆえに高雅、車夫馬丁を常客とする悪臭ふんぷんの安食堂で、ひとり牛鍋の葱をつついている男の顔は、笑ってはいけない、キリストそのままであったという。ひるごろ私は、作家、深田久弥氏のもと・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・暗い処に数十日をぶち込まれた筈の彼等の、顔色の何処にそんな憂色があるか! 欣然と、恰も、凱旋した兵卒のようではないか! ……迎えるものも、迎えらるるものも、この晴れ晴れした哄笑はどうだ 暖かい、冬の朝暾を映して、若い力の裡に動いている何・・・ 徳永直 「眼」
出典:青空文庫