・・・これもそう無性に喜ぶほど、悪魔の成功だったかどうか、作者は甚だ懐疑的である。 芥川竜之介 「おぎん」
・・・これでこの農場の仕事は成功に終わったといっていいわけだ」「私には少しも成功とは思えませんが……」 これだけを言うのにも彼の声は震えていた。しかし日ごろの沈黙に似ず、彼は今夜だけは思う存分に言ってしまわなければ、胸に物がつまっていて、・・・ 有島武郎 「親子」
・・・それをもって綺麗に井筒屋を出る手つづきをさせようとしたのは翌朝のことであるが、そう早くは成功しなかった。 僕が昼飯を喰っている時、吉弥は僕のところへやって来て、飯の給仕をしてくれながら太い指にきらめいている宝石入りの指輪を嬉しそうにいじ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 伊藤八兵衛の成功は幕末に頂巓に達し、江戸一の大富限者として第一に指を折られた。元治年中、水戸の天狗党がいよいよ旗上げしようとした時、八兵衛を後楽園に呼んで小判五万両の賦金を命ずると、小判五万両の才覚は難かしいが二分金なら三万両を御用立・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・その時にあたってユトランドの農夫が収穫成功の希望をもって種ゆるを得し植物は馬鈴薯、黒麦、その他少数のものに過ぎませんでした。しかし植林成功後のかの地の農業は一変しました。夏期の降霜はまったく止みました。今や小麦なり、砂糖大根なり、北欧産の穀・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・我々は未だ曾て現実に立脚しない仕事の成功した例を聞かない。例えば如何なる運動でも如何なる主義でも。 多くの人心を魅してその中に惹き入れるところのものは、その主張なり傾向なりが深く現実に根ざしているからである。信念の在る処、信仰の存する処・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・ まず成功だったといえるはずだのに、別れぎわの紀代子の命令的な調子にたたきつけられて、失敗だと思った。しかし、失敗ほどこの少年を奮いたたせるものはないのだ。翌日は非常な意気ごみで紀代子の帰りを待ち受けた。前日の軽はずみをいささか後悔して・・・ 織田作之助 「雨」
一 神田のある会社へと、それから日比谷の方の新聞社へ知人を訪ねて、明日の晩の笹川の長編小説出版記念会の会費を借りることを頼んだが、いずれも成功しなかった。私は少し落胆してとにかく笹川のところへ行って様子を聞いてみようと思って、郊・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・それは豪雨のために氾濫する虞れのある溪の水を防ぐためで、溪ぎわへ出る一つの出口がある切りで、その浴場に地下牢のような感じを与えるのに成功していた。 何年か前まではこの温泉もほんの茅葺屋根の吹き曝しの温泉で、桜の花も散り込んで来たし、溪の・・・ 梶井基次郎 「温泉」
上田豊吉がその故郷を出たのは今よりおおよそ二十年ばかり前のことであった。 その時かれは二十二歳であったが、郷党みな彼が前途の成功を卜してその門出を祝した。『大いなる事業』ちょう言葉の宮の壮麗しき台を金色の霧の裡に描・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫