・・・が、その手も利かないのを見ると、手荒に玄関の格子戸をしめ、やっと門外に退散した。自分はこの時こう云う寄附には今後断然応ずまいと思った。 四人の客は五人になった。五人目の客は年の若い仏蘭西文学の研究者だった。自分はこの客と入れ違いに、茶の・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・金三はそこへしゃがんだまま、前よりも手荒に百合の芽をいじった。しかし三寸に足りない芽は動きそうな気色も見せなかった。「じゃわしもさわろうか?」 やっと安心した良平は金三の顔色を窺いながら、そっと左の芽にさわって見た。赤い芽は良平の指・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・しかし、私がそんな手荒なことをしたと言って、誰も責めないでほしい。私の身になってみたら、誰でも一度はそんな風にしたくなる筈だ。といっても、私の言ってるのは、何もただ質入れのことだけじゃない。あの人は私に折檻されながら、酒をのんでるわけでもな・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・その時も私は自分の手荒な仕打ちをあとで侮いはしたが。「十年他へ行っていたものは、とうさんの家へ帰って来るまでに、どうしたってまた十年はかかる。」 私はそれを家のものに言ってみせて、よく嘆息した。 私たちが住み慣れた家の二階は東北・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・この夫婦は既に述べたとおり、手荒なことはもちろん、口汚く罵り合った事さえないすこぶるおとなしい一組ではあるが、しかし、それだけまた一触即発の危険におののいているところもあった。両方が無言で、相手の悪さの証拠固めをしているような危険、一枚の札・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・浅草という土地がら、大道具という職業がらには似もつかず、物事が手荒でなく、口のききようも至極穏かであったので、舞台の仕事がすんで、黒い仕事着を渋い好みの着物に着かえ、夏は鼠色の半コート、冬は角袖茶色のコートを襲ねたりすると、実直な商人としか・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・意識した手荒さでまわした重吉の体の厚みが、手のひらに不自然に印象されて、それはひろ子のこころもちをかげらせた。 自分の用事がすんで、ひろ子が帰ったのは五時すぎであった。御飯をたくことと、おつゆのだしをとっておくことだけをいつも頼む合い世・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・遠い所を手荒な人足の手で、船艙へ投り込まれ、掴みまわされて運ばれて来るのだから、満足で着く事は今まで殆ど無い。 大抵包装の外が破れて、本の四角は無惨にも、醜くひしゃげたりつぶれたりして居る。 けれども、其の汚れた包みを見た時に先ず思・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫