・・・大なおくび、――これに弱った――可厭だなあ、臭い、お爺さん、得ならぬにおい、というのは手製りの塩辛で、この爺さん、彦兵衛さん、むかし料理番の入婿だから、ただ同然で、でっち上る。「友さん腸をおいて行きねえ。」婆さんの方でない、安達ヶ原の納戸で・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・猟はこういう時だと、夜更けに、のそのそと起きて、鉄砲しらべをして、炉端で茶漬を掻っ食らって、手製の猿の皮の毛頭巾を被った。筵の戸口へ、白髪を振り乱して、蕎麦切色の褌……いやな奴で、とき色の禿げたのを不断まきます、尻端折りで、六十九歳の代官婆・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ドウしてコンナ、そこらに転がってる珍らしくもないものを叮嚀に写して、手製とはいえ立派に表紙をつけて保存する気になったのか今日の我々にはその真理が了解出来ないが、ツマリ馬琴に傾倒した愛読の情が溢れたからであるというほかはない。私の外曾祖父とい・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・家伝薬だというわけではなし、名前が通っているというわけでもなし、正直なところ効くか効かぬかわからぬような素人手製の丸薬を、裏長屋同然の場所で売っていて誰が買いに来るものか。 無論、お前もそのことは百も承知してか、ともかく宣伝が第一だと、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・箱は光だったが、中身は手製の代用煙草だった。それには驚かなかったが、バラックの中で白米のカレーライスを売っているのには驚いた。日本へ帰れば白米なぞ食べられぬと諦めていたし、日本人はみな藷ばかり食べていると聴いて帰ったのに、バラックで白米の飯・・・ 織田作之助 「世相」
・・・行李の中には私たち共用の空気銃、Fが手製の弓を引くため買ってきた二本の矢、夏じゅう寺内のK院の古池で鮒を釣って遊んだ継ぎ竿、腰にさげるようにできたテグスや針など入れる箱――そういったものなど詰められるのを、さすがに淋しい気持で眺めやった。妻・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・勿論例の主義という手製料理は大嫌ですが、さりとて肉とか薯とかいう嗜好にも従うことが出来ません」「それじゃア何だろう?」と井山がその尤もらしいしょぼしょぼ眼をぱちつかした。「何でもないんです、比喩は廃して露骨に申しますが、僕はこれぞと・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・いずれも自分の親としてよい年輩の人々で、その中の一人は手製の東坡巾といったようなものを冠って、鼠紬の道行振を被ているという打扮だから、誰が見ても漢詩の一つも作る人である。他の二人も老人らしく似つこらしい打扮だが、一人の濃い褐色の土耳古帽子に・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・髪はこの手合にお定まりのようなお手製の櫛巻なれど、身だしなみを捨てぬに、小官吏の細君などが四銭の丸髷を二十日も保たせたるよりは遥に見よげなるも、どこかに一時は磨き立たる光の残れるが助をなせるなるべし。亭主の帰り来りしを見て急に立上り、「・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・海上の船から山中の庵へ米苞が連続して空中を飛んで行ってしまったり、紫宸殿を御手製地震でゆらゆらとさせて月卿雲客を驚かしたりなんどしたというのは活動写真映画として実に面白いが、元亨釈書などに出て来る景気の好い訳は、大衆文芸ではない大衆宗教で、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫