・・・が、打たれたと思った時にはもうまた相手を打ち返していた。「生意気!」 顔色を変えた金三は力一ぱい彼を突き飛ばした。良平は仰向けに麦の畦へ倒れた。畦には露が下りていたから、顔や着物はその拍子にすっかり泥になってしまった。それでも彼は飛・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・ 少年はと見ると、干極と異なって来た水の調子の変化に、些細の板沈子と折箸の浮子とでは、うまく安定が取れないので、時竿を挙げては鉤を打返している。それは座を易えたためではないのであるが、そう思っていられると思うと不快で仕方がない。で、自分・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・新たなる記憶につれて、新たなる愛の波が、一しきり打ち返したのであろう。――王妃の顔は屍を抱くが如く冷たい。アーサーは覚えず抑えたる手を放す。折から廻廊を遠く人の踏む音がして、罵る如き幾多の声は次第にアーサーの室に逼る。 入口に掛けたる厚・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・打ちよせ 打ち返し轟く永遠の動きは鈍痲し易い人間の、脳細胞を作りなおすまいか。幸運のアフロディテ水沫から生れたアフロディテ!自ら生得の痴愚にあき人生の疲れを予感した末世の女人にはお身の歓びは 分ち与えられないのだ・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・やがて私が、教員室から運動場へ出る段の前に据えられたピンポン台の前に立って、意地悪いほど熱中した眼をしながら、白い小球を、かん、かん、かん、かんと打ち返し、打ち損じているのを見るだろう。 ――思い出は多い。半開人のような自分を中心にして・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・それから面背を打ち返し打ち返し、丁寧に見て言った。「これはかねて聞きおよんだ、尊い放光王地蔵菩薩の金像じゃ。百済国から渡ったのを、高見王が持仏にしておいでなされた。これを持ち伝えておるからは、お前の家柄に紛れはない。仙洞がまだ御位におらせら・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫