・・・ と声を密めながら、「ここいらは廓外で、お物見下のような処だから、いや遣手だわ、新造だわ、その妹だわ、破落戸の兄貴だわ、口入宿だわ、慶庵だわ、中にゃあお前勾引をしかねねえような奴等が出入をすることがあるからの、飛んでもねえ口に乗せら・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 自分が百円持って銀行に預けに行く途中で、掏児に取られた体にして届け出よう、そう為ようと考がえた、すると嫌疑が自分にかかり、自分は拘引される、お政と助は拘引中に病死するなど又々浅ましい方に空想が移つる。 校舎落成のこと、その落成式の・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・後になって当夜の事をきいて見ると、春浪さんは僕等三人が芸者をつれて茶亭に引上げたものと思い、それと推測した茶屋に乱入して戸障子を蹴破り女中に手傷を負わせ、遂に三十間堀の警察署に拘引せられたという事であった。これを聞いて、僕は春浪さんとは断乎・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・何か不審の件があって警察へ拘引される。尋問に答えるのが不利益だと悟って、いよいよ唖の真似をする。警官もやむをえず、そのまま繋留しておくと、翌朝になって、唖は大変腹が減って来た。始めは唖だから黙って辛抱したが、とうとう堪えられなくなって、飯を・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 夏中休暇に、友達の処に滞留している筈であったハフは、ターンハムプトンと云う村で放浪飲酒、暴行の廉を以て拘引されました。当時、間牒審問に関係していた父親のハリは、偶然間牒事件でこの村に出張し、思いがけない息子と法廷で顔を合わせたのでした・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・直接行動煽動者として拘引でもされようものなら、官憲に対する烈しい反抗心が起こるであろう。聴衆に冷笑されたりしようものなら、日本人が皆非国民になってしまったような心細い感じが起こるであろう。そうすれば今よりもいっそう不安な、不愉快な気持ちにな・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫