・・・ただ一つのおもしろかったのは、麻糸か何かの束を黄蝋で固めた松明を買わされて持って行ったが、噴気口のそばへ来ると、案内者はそれに点火して穴の上で振り回した。そして「蒸気の噴出が増したから見ろ」と言うのだが、私にはいっこうなんの変わりもないよう・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・それは、できるだけ活発に縦横無尽に刀刃を振り回して、しかもだれにもけがをさせないという巧妙な舞踊を見せてくれる。それからまたたいていの人間なら疲れ果てて、へたばってしまうであろうと思われるような超人的活動を、望み次第にいくらでも続けて見せて・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・主客総立ちになって奇妙な手つきをして手に手に団扇を振り回してみてもなかなかこれが打ち落とされない。テニスの上手な来客でもこの羽根のはえたボールでは少し見当が違うらしい。婦人の中には特にこの蛾をいやがりこわがる人が多いようである。今から三十五・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・愚かなるわれら杞人の後裔から見れば、ひそかに垣根の外に忍び寄る虎や獅子の大群を忘れて油虫やねずみを追い駆け回し、はたきやすりこ木を振り回して空騒ぎをやっているような気がするかもしれない。これが杞人の憂いである。・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・私はわれわれ人間の頭上に恐ろしい大きな鋏を振り回している神様の残忍に痛快な心持ちを想像しながら勢いよく鋏の取っ手を動かして行った。 病気にさわる事を恐れて初めの日は三尺平方ぐらいにしてやめた。昼過ぎに行って見ると、刈られた葉はすっか・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・行って見ると、玄関の三畳の間へねずみを二匹追い込んで二人の下女が箒を振り回しているところであった。やっとその一匹を箒でおさえつけたのを私が火箸で少し引きずり出しておいて、首のあたりをぎゅうっと麻糸で縛った。縛り方が強かったのですぐに死んでし・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ すると三郎は顔をまっ赤にして、しばらくそれを振り回して何か言おうと考えていましたが、「おら知らないでとったんだい。」とおこったように言いました。 みんなはこわそうに、だれか見ていないかというように向こうの家を見ました。たばこば・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・涙で声を詰まらせながら、酒に酔うたもののようにふらふらしながらこの老人は幾度も同じことを繰り返して造花を振り回しました。祖父は九十二歳まで生きたのです。そうしてこの祖父が生きていたことは、この界隈の老人連に対して、生命の保証のように感じられ・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫