・・・ それから伯爵の釵を抜いて、意気込んで一振り振ると、……黒髪の颯と捌けたのが烏帽子の金に裏透いて、さながら金屏風に名誉の絵師の、松風を墨で流したようで、雲も竜もそこから湧くか、と視められた。――これだけは工夫した女優の所作で、手には白金・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・宮の森を黒髪にして、ちょうど水脈の血に揺らぐのが真白な胸に当るんですね、裳は裾野をかけて、うつくしく雪に捌けましょう。―― 椿が一輪、冷くて、燃えるようなのが、すっと浮いて来ると、……浮藻――藻がまた綺麗なのです。二丈三丈、萌黄色に長く・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・「どうもお前さんが、そう捌けて言っておくれだと、私はなおと済まないようで……」「何がお光さんに済まねえことがあるものか、済まねえのは俺よ。だが、そんなことはまあどうでもいいとして、この後もやっぱりこれまで通り付き合っちゃくれるだろう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・といって品物を減らすと店が貧相になるので、そうも行かず、巧く捌けないと焦りが出た。儲も多いが損も勘定にいれねばならず、果物屋も容易な商売ではないと、だんだん分った。 柳吉にそろそろ元気がなくなって来たので、蝶子はもう飽いたのかと心配・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ こういったようなことから、後で女房が亭主に話すと、亭主はこの辺では珍らしい捌けた男なんだそうで、それは今ごろ始った話じゃないんだ。己の家の饅頭がなぜこんなに名高いのだと思う、などとちゃらかすので、そんならお前さんはもう早くから人の悪口・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫