・・・ 二人はしばらくだまったまま、相手がほんとうにどう思っているか探るように顔を見合わせたまま立ちました。 風はまだやまず、窓ガラスは雨つぶのために曇りながら、またがたがた鳴りました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・そういう風にこの二十何年間のうつりゆきを、まるで絶えている消息のなかに探るのである。私が小学校の六年だったとき、一年したの級に村上さんという生徒がいて、紡績の絣の着物と羽織に海老茶の袴をはいて、級で一番背が高かったばかりでなく、成績が大変い・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・二・二六事件をさしはさんで、ファシズムと戦争に洗われる上流生活の様相と、その中におのずから発展を探る若い世代の歴史的道ゆきを辿ろうとされている。 野上彌生子の理性的な創作方法とはちがって、はるかに素朴な生活力ながら、やはり調べた題材によ・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・ 器械的に手が枕の側を探る。それは時計を捜すのである。逓信省で車掌に買って渡す時計だとかで、頗る大きいニッケル時計なのである。針はいつもの通り、きちんと六時を指している。「おい。戸を開けんか。」 女中が手を拭き拭き出て来て、雨戸・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・またよしやその間に情偽があるとしても、相当の手続きをさせるうちには、それを探ることもできよう。とにかく子供を帰そうと、佐佐は考えた。 そこで与力にはこう言った。この願書は内見したが、これは奉行に出されぬから、持って帰って町年寄に出せと言・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・時々花壇の花の先端が、闇の中を探る無数の青ざめた手のように揺らめいた。 十三 その夜、満潮になると、彼の妻は激しく苦しみ出した。医者が来た。カンフルと食塩とリンゲルが交代に彼女の体内に火を点けた。しかし、もう、彼・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・そうしてこの失敗の原因を探るとき、自分はさらに悲しむべき事実に逢着する。それは西洋画家が普通の事としてやっている対象全体への有機的な注意の欠如である。 おそらくこの画は全体の構図と個々の麦の忠実な写生とからできたものであろう。従ってあの・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・を貫いて一つの道徳的理想が動いているように思われる。軍法の巻においてさえも、その主要な関心は、戦術や戦略の末ではなくしてその「もと」を探ることにあった。よき軍法の「もと」はよき采配である。よき采配のもとはよき法度である。よき法度のもとは正直・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫