・・・宮の森を黒髪にして、ちょうど水脈の血に揺らぐのが真白な胸に当るんですね、裳は裾野をかけて、うつくしく雪に捌けましょう。―― 椿が一輪、冷くて、燃えるようなのが、すっと浮いて来ると、……浮藻――藻がまた綺麗なのです。二丈三丈、萌黄色に長く・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
名も知らない草に咲く、一茎の花は、無条件に美しいものである。日の光りに照らされて、鮮紅に、心臓のごとく戦くのを見ても、また微風に吹かれて、羞らうごとく揺らぐのを見ても、かぎりない、美しさがその中に見出されるであろう。 思うに、見出・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・風に吹かれるとかえって余計に暑くて窒息しそうで、こうなると街路の柳の夕風に揺らぐのが、かえって暑さそのものの象徴であるように思われた。 シンガポールやコロンボの暑さは、たしかに暑いには相違ないが、その暑さはいわば板についた暑さで、自然の・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・詩は波、揺らぐ日かげ理性は潜んで、静かにとける情操から陽炎のように思いが きで燃え立つのだ。けれども、小説は、全く一面の努力頭を整え、思いをただし、運命の神のように我を失わず、描く人間の運命を支配しなけれ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・顔にはおりおり微笑の影が、風の無い日に木葉が揺らぐように動く外には、何の表情もない。軍服を着て上官の小言を聞いている時と大抵同じ事ではあるが、少し筋肉が弛んでいるだけ違う。微笑の浮ぶのを制せないだけ違う。 石田はこんな事を思っている。鶏・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫