・・・部始終を聞き果てたが、渠は実際、事の本末を、冷かに判ずるよりも、お米が身に関する故をもって、むしろ情において激せざるを得なかったから、言下に打出して事理を決する答をば、与え得ないで、「都を少しでも放れると、怪しからん話があるな、婆さん。・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ やがて、夜が明け放れると、やぶの中へ朝日がさし込みました。小鳥は木の頂で鳴きました。そして、ぼけの花が、真紅な唇でまりを接吻してくれました。「まりさん、どこへいままでいっていなさいました? みんなが、毎日、あなたを探していましたよ・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・ほのぼのと、夜が明け放れると、人々は浜辺にきて海をながめました。そして顔の色を変えてびっくりいたしました。「あのいやな色をした船は、どこからきたのだろう。」と、一人はいって、沖のかなたに見えた船を指さしました。「あの不思議な黒い・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・のような夜半には、私もまた、菊池寛のところへ手紙を出そうか、サンデー毎日の三千円大衆文芸へ応募しようか、何とぞして芥川賞をもらいたいものだ、などと思いを千々にくだいてみるのであるが、夜のしらじらと明け放れると共に、そのような努力が、何故とも・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その夜わたくしは、前々から諦めはつけていた事でもあり、随分悠然として自分の家と蔵書の焼け失せるのを見定めてから、なお夜の明け放れるまで近隣の人たちと共に話をしていたくらいで、眉も焦さず焼けど一ツせずに済んだ。言わば余裕頗る綽々としたそういう・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫