・・・それは神の偉大を以てしても救うことが出来ないから……」斯うまた、彼等のうちの一人の、露西亜文学通が云った。 また、つい半月程前のことであった。彼等の一人なるYから、亡父の四十九日というので、彼の処へも香奠返しのお茶を小包で送って来た。彼・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・われらみな十蔵二郎を救うことぞと思い、十蔵早くせよと叫び、戸口をきっと見て二人の姿の飛び出ずるをまちぬ。瓦降り壁落つ。われらみな樫の老木を楯にしてその陰にうずくまりぬ。四辺の家々より起こる叫び声、泣き声、遠かたに響く騒然たる物音、げにまれな・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ それ故に王法を安泰にし、民衆を救うの道は仏法を正しくするをもって根本としなければならぬ。 しからばいかなるが仏の正法であるか。 日蓮によれば、それは法華経をもって正宗としなければならぬ。 なぜなれば、法華経は了義経であって・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・あらかじめロープをもって銘の身をつないで、一人が落ちても他が踏止まり、そして個の危険を救うようにしてあったのでありますけれども、何せ絶壁の処で落ちかかったのですから堪りません、二人に負けて第三番目も落ちて行く。それからフランシス・ダグラス卿・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 浪曼的完成もしくは、浪曼的秩序という概念は、私たちを救う。いやなもの、きらいなものを、たんねんに整理していちいちこれの排除に努力しているうちに日が暮れてしまった。ギリシャをあこがれてはならない。これはもう、はっきりこの世に二度と来ない・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・「それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしは唯名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました。総ての不治の創の通りに、恋愛の創も死ななくては癒えません。それはどの恋愛でも傷けられると、恋愛の神が侮辱・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・要するに教育事業を救うの道はただ一語で「もっと眼に浮ぶようにする」という事である。出来る限りは知識が体験がにならねばならない。この根本方針は未来の学校改革に徹底させるべきものである。」 大学あたりの高等教育についてはあまり立入った話はし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・勅使接待の能楽を舞台背景と番組書だけで見せたり、切腹の場を辞世の歌をかいた色紙に落ちる一片の桜の花弁で代表させたりするのは多少月並みではあるがともかくも日本人らしい象徴的な取り扱い方で、あくどい芝居を救うために有効であると思われた。しかしい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そして疾病と老耄とはかえって人生の苦を救う方便だと思っている。自殺の勇断なき者を救う道はこの二者より外はない。老と病とは人生に倦みつかれた卑怯者を徐々に死の門に至らしめる平坦なる道であろう。天地自然の理法は頗妙である。コノ稿ハ昭和七・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・ さて自然主義は遠慮なく事実そのままを人の前に暴露し、または描き出すため種々なる欠点を生ずるに至りましたが、これを救うは過去のローマン主義を復興するにあらずして、新ローマン主義ともいうべきものを興すにあろうかと思う。新ローマン主義という・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
出典:青空文庫