・・・「あのあとで、お二人とも文治さんに何か言われはしなかったですか? 北さん、どうですか?」「それあ、兄さんの立場として、」北さんは思案深げに、「御親戚のかた達の手前もあるし、よく来たとは言えません。けれども、私が連れて行くんだったら、大丈・・・ 太宰治 「故郷」
・・・それから鈴木文治や、アナーキズムへの攻撃。――ことに三吉には話の内容よりも、弁士自体が面白かった。右の肩で、テーブルをおすようにして、ひどい近眼らしく、ふちなしの眼鏡で天井をあおのきながら、つっかかってくる。ところどころ感動して手をたたこう・・・ 徳永直 「白い道」
・・・兄文治が九つ、自分が六つのとき、父は兄弟を残して江戸へ立ったのである。父が江戸から帰った後、兄弟の背丈が伸びてからは、二人とも毎朝書物を懐中して畑打ちに出た。そしてよその人が煙草休みをする間、二人は読書に耽った。 父がはじめて藩の教授に・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫