・・・一生一代の対局に二度も続けてこのような手を以て戦った坂田の自信のほどには呆れざるを得ないが、しかし、六十八歳の坂田が一生一代の対局にこの端の歩突きという棋界未曾有の新手を試してみたという青春には、一層驚かされるではないか。端の歩突きを考えて・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
火遁巻 千曲川に河童が棲んでいた昔の話である。 この河童の尻が、数え年二百歳か三百歳という未だうら若い青さに痩せていた頃、嘘八百と出鱈目仙人で狐狸かためた新手村では、信州にかくれもなき怪しげな年中行事が行われ、毎年大晦日の夜・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・詩人は、美濃の此のような多少の文才も愛しているし、また、こんな物語を独りでこっそり書いている美濃の身の上を、不憫にも思うのだが、けれども、美濃のこんどの無法な新手の恋愛には、わざと気づかぬ振りをしていようと思った。「まるで、映画物語じゃない・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ 今一つの競争は圏外に新手が出る事であります。これから新たに文壇に顔を出そうと機を覗っている人、もしくはすでに打って出た人のうちで、今までのものとは径路を同じゅうする事を好まない事がないとも限らない。これは今までの作物に飽き足らぬか、も・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・ 満州で侵略戦争を開始し、戦争熱をラジオや芝居で煽るようになってから、皮肉なことにカーキ色の癈兵の装で国家のためと女ばかりの家を脅かす新手の押売りが流行り、現に保護室にそんなのが四五人引っぱられて来ているのであった。 そんな話を聞い・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・夜気の中でもそのほとぼりと亢奮がさめ切っていないところどころで、臨時施設の飲料水道の噴水があふれて、小さいぬかるみをこしらえている。新手な群集は子供や年寄づれで、ぞろぞろ河岸へ河岸へとねって行く。 国立百貨店の前、赤いプラカートの洪水だ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・は敵階級のかような新手な戦術を暴露し、プロレタリアートの下からの統一戦線の重要性を示し、反動政策の新段階を暴露している。「党生活者」を読む場合、以上の点は見落としてならぬところである。『読売新聞』で、杉山平助氏が「党生活者」第六部を批評・・・ 宮本百合子 「小説の読みどころ」
・・・どうしてバルザックは、その憎むべき階級ブルジョアジーを倒す新手の力、彼の怨恨の階級的な復讐力としての大衆を見ることは出来なかったのであろうかと。答えは、矢張り同じ源泉から引出されると思う。バルザックは現実社会との格闘において、彼が希望したよ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・しかし、同じ座談会でシュワイツァの死に方についての批評が話題になった時、宇野重吉氏はそれに対し、ああいうことは前から言われていた、あれ分ってるよ、いろいろ新手を考えているうちにお終いになったと感想を述べています。演技の独自性の評価が強く求め・・・ 宮本百合子 「一つの感想」
・・・立った人の脚の片方がまだ椅子のところからどききらないうち、もう新手のひとの片脚はその片脚のわきに来ている。その位のすばしこさである。大抵のひとが上着をぬいだ姿である。帽子なしで、何とも云えないくさくさしたような気の立ったような顔つきで、蕎麦・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
出典:青空文庫