・・・それからしゃがれた声で早口に罵りはじめ、同室の婦人を指しては激烈に挑戦した。何を云っているかは聞取れない。巡査と駅員に守られて一旦乗船したが出船間際に連れ下ろされて行った。ついさっき暴れていたとは別人のようにすごすごと下りて行った後姿が淋し・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・を早口に歌ってしまうと何かに追われでもしたようにみんないっせいに駆け出すのであった。そういうときの不思議な気持ちを今でもありありと思い出すことができる。 自分が物心づくころからすでにもうかなりのおばあさんであって、そうして自分の青年時代・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ それを、さえぎろうとして古藤の早口が、「――理、理想じゃないですよ。げ、げ、現実ですよ。東、東京の労働者……。ア、ア、アナ、アナルコサンジカリズムなんか……」 と、やっきになっているけれど、彼はひどい吃りなので、すぐ何倍も大き・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ クねずみはあんまり猫の子供らがかしこいので、すっかりむしゃくしゃして、また早口に言いました。そうでしょう。クねずみはいちばんはじめの一に一をたして二をおぼえるのに半年かかったのです。「一に二をかけると二です。」「そうともさ。」・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・半之助も顔色青ざめ委細承知と早口に申し候。扨、小僧ますをとりて酒を入れ候に、酒は事もなく入り、遂に正味一斗と相成り候。山男大に笑いて二十五文を置き、瓢箪をさげて立ち去り候趣、材木町総代より御届け有之候。」 これを読んだとき、工芸学校の先・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・彼女は、真正面に目を据え、上気せ上った早口で、昨夜良人と相談して置いた転地の話を前提もなしに切り出した。 彼女のむきな調子には何か涙が滲む程切迫つまったところがあった。余程急に出立でもしなければならないのか、又はその転地が夫婦にとって余・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 声の太い頭の鈍そうな男が出て、私が早口だと見えて、「おそれ入りますが、どうぞ、 もう少しゆっくりおっしゃって下さい。と云う。 主人が旅行中で十四日後でなければと云う。 それでよいから、次手に、マンドリンの第一の絃を・・・ 宮本百合子 「一日」
・・・ そう勘次が静に云うと、安次は急に元気な声で早口に、「すまんこっちゃ、すまんこっちゃ。」 と云いながら続けさまに叩頭した。勘次は落ちつけば落ちつく程、胸の底が爽やかに揺れて来た。が、秋三は勘次の気持を見破ると、盛り上って来た怒り・・・ 横光利一 「南北」
・・・栖方はひどく乗り出す風に早口になって笑った。「おれのは、みんなそこからです。誰一人分ってくれない。この間も、それで喧嘩をしたのですが、日本の軍艦も船も、みな間違っているのです。船体の計算に誤算があるので、おれはそれを直してみたのですが、おれ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・と言った時には、あわてて立ち上がって、私に礼を言うどころでなくむしろ当惑したような顔つきで、早口に老人や子供をせき立てた。もう彼女の心には私の方などに眼をくれる余裕がないらしく見えた。私は間が悪くなってそんなにあわてなありますと注意すること・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫