・・・プロバビリティの問題、エントロピーの時計の用途は存外に広いという事を思い出すに格好な時機ではあるまいか。 時。エントロピー。プロバビリティ。この三つは三つ巴のようにつながった謎の三位一体である。この謎の解かれる未来は予期し難いが、これを・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
理化学の進歩が国運の発展に緊要であるという事は永い間一部の識者によって唱えられていたが、時機の熟せなかったため一向に世間には顧みられなかった。欧洲の大戦が爆発して以来は却って世間一般特に実業者の側で痛切にこの必要を感ずるよ・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・それにはいわゆるデザートコースにはいってからがきわめて適当な時機であろうという事も了解される。つまり一種の生理的の要求を満足させるための、ごちそうの献立の一つだと思えばいいのだろうと思う。ただ一つ問題になるのは、料理のほうだといやなものは食・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・監督官は巡査の小言に胆を冷したものか乃至はまた余の車を前へ突き出す労力を省くためか、昨日から人と車を天然自然ところがすべく特にこの地を相し得て余を連れだしたのである、 人の通らない馬車のかよわない時機を見計ったる監督官はさあ今だ早く乗り・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
私の処女作――と言えば先ず『猫』だろうが、別に追懐する程のこともないようだ。ただ偶然ああいうものが出来たので、私はそういう時機に達して居たというまでである。 というのが、もともと私には何をしなければならぬということがな・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・成功の時機正に熟するものなり。一 言葉を慎みて多すべからず。仮にも人を誹り偽を言べからず。人の謗を聞ことあらば心に納て人に伝へ語べからず。譏を言伝ふるより、親類とも間悪敷なり、家の内治らず。 言語を慎みて多くす可らず・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・海陸軍の医士、法学士、または会計官が、戦士を指揮して操練せしめ、または戦場の時機進退を令するの難きは、人皆これを知りながら、政治の事務家が教育の法方を議し、その書籍を撰定し、または教場の時間、生徒の進退を指令するの難きを知らざる者あらんや。・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・会を見れば世間一般の気風兎角落付かず、恰も物に狂する如くにして、真面目に女学論など唱うるも耳を傾けて静に之を聞くもの有りや無しや甚だ覚束なき有様なるにぞ、只これを心に蓄うるのみにして容易に発せず、以て時機の到来を待ちたりしに、爾来世運の進歩・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・とす一 玄太郎、せつの所得金は母上の保管を乞うべし一 富継健三の養育は柳子殿ニ頼む一 柳子殿は両人を連れて実家へ帰らるべし一 富継健三の所得金は柳子殿に於て保管あるべし一 柳子殿は時機を見て再婚然るべし 一時の感・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・これは先刻風呂に這入った反動が来たのであるけれど、時機が時機であるから、もしやコレラが伝染したのであるまいかという心配は非常であった。この梅干船(この船は賄が悪いのでこの仇名が我最期の場所かと思うと恐しく悲しくなって一分間も心の静まるという・・・ 正岡子規 「病」
出典:青空文庫