・・・ 五日目のおなじ晩方に、骨ばかりの凧を提げて、やっぱり鳥居際にぼんやりと立っていた。天狗に攫われたという事である。 それから時々、三日、五日、多い時は半月ぐらい、月に一度、あるいは三月に二度ほどずつ、人間界に居なくなるのが例年で、い・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 今日とは違った嘘のような上天気で、風なんか薬にしたくもなかったが、薄着で出たから晩方は寒い。それでも汗の出るまで、脚絆掛で、すたすた来ると、幽に城が見えて来た。城の方にな、可厭な色の雲が出ていたには出ていたよ――この風になったんだろう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・人目を憚るのだから、忍びに忍んで潜入するのだが、いや、どうも、我折れた根気のいい事は、朝早くでも、晩方でも、日が暮れたりといえどもで、夏の末のある夜などは、ままよ宿鳥なりと、占めようと、右の猟夫が夜中真暗な森をさまよううちに、青白い光りもの・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ちょうど晩方で、ぴゅうぴゅう風が吹いてたんだ。 尼様が上框まで送って来て、分れて出ると、戸を閉めたの。少し行懸ると、内で、(おお、寒と不作法な大きな声で、アノ尼様がいったのが聞えると、母様が立停って、なぜだか顔の色をおかえなすったの・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ まだ明も点けません、晩方、直きその夕顔の咲いております垣根のわきがあらい格子。手許が暗くなりましたので、袖が触りますばかりに、格子の処へ寄って、縫物をしておりますと、外は見通しの畠、畦道を馬も百姓も、往ったり、来たりします処、どこで見・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ それが大雪のために進行が続けられなくなって、晩方武生駅(越前へ留ったのです。強いて一町場ぐらいは前進出来ない事はない。が、そうすると、深山の小駅ですから、旅舎にも食料にも、乗客に対する設備が不足で、危険であるからとの事でありました。・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・「まだ可いんですよ。晩方になって寒くなると、あわれにおなんなさいます。それに熱が高くなりますからまるで、現。」 と低声にいう。かかるものをいかなる言もて慰むべき。果は怨めしくもなるに、心激して、「どうするんです、ミリヤアド、もう・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・玄関の下駄を引抓んで、晩方背戸へ出て、柿の梢の一つ星を見ながら、「あの雀はどうしたろう。」ありたけの飛石――と言っても五つばかり――を漫に渡ると、湿けた窪地で、すぐ上が荵や苔、竜の髯の石垣の崖になる、片隅に山吹があって、こんもりした躑躅が並・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・――衝と露台へ出る、この片隅に二枚つづきの硝子を嵌めた板戸があって、青い幕が垂れている。晩方の心覚えには、すぐその向うが、おなじ、ここよりは広い露台で、座敷の障子が二三枚覗かれた――と思う。……そのまま忍寄って、密とその幕を引なぐりに絞ると・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
一 さよ子は毎日、晩方になりますと、二階の欄干によりかかって、外の景色をながめることが好きでありました。目のさめるような青葉に、風が当たって、海色をした空に星の光が見えてくると、遠く町の燈火が、乳色のもやのうちから、ちらちらとひ・・・ 小川未明 「青い時計台」
出典:青空文庫