・・・○緑色と卵色の縞のブラインドのすき間からは、じっと動かない灯と絶えず揺れ動く暖炉の焔かげとが写り、時に、その光波の真中を、若い女性らしい素早い、しなやかな人かげが黒く横切った。○子供は、両端の小さくくれたくくり枕のような体を・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・ 白いタイル張りの暖炉があって、上に薬罐がのっている。爺さんがいる。薬罐から湯気が立っている。我々の眼鏡は戸をあけた時曇った。そこで、私共はハガキと角石を包んだような小包を受けとった。事務所の粗末な郵便棚を、私共は一月に三四度見にくるの・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・それとも、暖炉でポコポコ石炭が燃える冬や、積った雪に似合わしいか? そう思って見るから、実は私も飽きないのさ。」 心の中で愉しい独りごとを呟きながら、もう姿も見えない小僧の跡をたどって、私もそろそろもと来た方に還り始める。―― ・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・「春の日は花の下に坐し、冬は煖炉にうずくまって、心情は池水のように、静かに、小さく、絶望的で、一生はこうして終ってしまうのだと、自ら悟った様子でした」 そこへ思いもかけず、学者の孤児となった淑貞がひきとられ育てられることとなった。彼女は・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ このことは、「白き煖炉の前」にて中里恒子に著しい。中里恒子は、彼女の特殊な生活環境によって、日本の上流家庭の妻となり、母となっている外国婦人の生活をしばしば題材として来ている。戦争中これらの外国婦人たちが日本で経験したことは、彼女たち・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・それでも冬になって、煖炉を焚いて、戸を締め切っている時よりは、夏のこの頃が迥かにましである。 木村は同僚の顔を見て、一寸顔を蹙めたが、すぐにまた晴々とした顔になって、為事に掛かった。 暫くすると雷が鳴って、大降りになった。雨が窓にぶ・・・ 森鴎外 「あそび」
朝小間使の雪が火鉢に火を入れに来た時、奥さんが不安らしい顔をして、「秀麿の部屋にはゆうべも又電気が附いていたね」と云った。「おや。さようでございましたか。先っき瓦斯煖炉に火を附けにまいりました時は、明りはお消しになって・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・あちらの方に煖炉が焚いてございます。」こう云って、女中は廊下の行き留まりの戸まで連れて行った。 小川は戸を開けて這入った。瓦斯煖炉が焚いて、電燈が附けてある。本当の西洋間ではない。小川は国で這入っていた中学の寄宿舎のようだと思った。壁に・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・家具は、部屋の隅に煖炉が一つ据えてあって、その側に寝台があるばかりである。「心持の好さそうな住まいだね。」「ええ。」「冬になってからは、誰が煮炊をするのだね。」「わたしが自分で遣ります。」こう云って、エルリングは左の方を指さ・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・暫く無言でいらっしゃる、お側へツッ伏して、平常教えて下すった祈願の言葉を二た度三度繰返して誦える中に、ツートよくお寐入なさった様子で、あとは身動きもなさらず、寂りした室内には、何の物音もなく、ただ彼の暖炉の明滅が凄さを添えてるばかりでした。・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫