・・・をくれと情ない声を出すと、はいと飲まされたのは、ジンソーダだ。あっとしかめた私の顔を、マダムはニイッと見ていたが、やがてチャックをすっと胸までおろすと、私の手を無理矢理その中へ押し込もうとした。円い感触にどきんとして、驚いて汗ばんだ手を引き・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ウイスキーソーダを飲みながら新聞を読んでいる中年の男が、二人。「まんなかのが。」Kは、山々の面を拭いてあるいている霧の流れを眺めながら、ゆっくり呟く。 ふりむいて、みると、いつのまにか、いまひとりの青年が、サロンのまんなかに立ってい・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・効能書のついたソーダ水を考えてみましょう。胃の為にいいという、交響楽を考えてみましょう。サクラの花を見に行くのは、蓄膿症をなおしに行くのでは、無いでしょう。私は、こんなことをさえ考えます。芸術に、意義や利益の効能書を、ほしがる人は、かえって・・・ 太宰治 「正直ノオト」
・・・アメリカ映画はヤンキー教の経典でありチューインガムやアイスクリームソーダの余味がある。ドイツ映画には数理的科学とビールのにおいがあり、フランス映画にはエスカルゴーやグルヌイーユの味が伴なう。ロシア映画のスクリーンのかなたにはいつでも茫漠たる・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・若くてのんきで自由な頭脳を所有する学生諸君が暑苦しい研学の道程であまりに濃厚になったであろうと思われる血液を少しばかり薄めるための一杯のソーダ水として、あるいはまたアカデミックな精白米の滋味に食い飽きて一種のヴィタミン欠乏症にかかる恐れのあ・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・(水ではないぞ、また曹達や何かの結晶だぞ。いまのうちひどく悦んで欺されたとき力を落私は自分で自分に言いました。 それでもやっぱり私は急ぎました。 湖はだんだん近く光ってきました。間もなく私はまっ白な石英の砂とその向うに音なく湛え・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ また、そののちのことですが、ある日バケツはツェねずみに、せんたくソーダのかけらをすこしやって、「これで毎朝お顔をお洗いなさい。」と言いましたら、ねずみはよろこんで次の日から、毎日それで顔を洗っていましたが、そのうちにねずみのおひげ・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・ 市ケ谷の刑事既決女囚は、昔、風呂に入って体を洗うのに、ソーダのとかし水を使わされていた。それが洗濯石鹸になった。同志丹野その他の前衛が入れられてから、そういう人々は、人間の体を洗うに洗濯石鹸という法があるかと、自分達の使う石鹸を風呂場・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫