・・・こんな慌しい書き方をした文章でも、江口を正当に価値づける一助になれば、望外の仕合せだと思っている。 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・昔なつかしさに、たまに遊びにでもやって来た時、諸君が私に数日の宿を惜しまれなかったら、それは私にとって望外の喜びとするところです。 この上いうことはないように思います。終わりに臨んで諸君の将来が、協力一致と相互扶助との観念によって導かれ・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・聞くもの大笑せぬはなく、意外、望外の拍手、大喝采。ああ、かの壇上の青黒き皮膚、痩狗そのままに、くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤を、目に見、耳に聞・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・のすぐあとでこのフランス的なるフランス映画を見たことは望外のおもしろい回り合わせであった。さもしい譬喩ではあるが、言わばビフテキのあとで良いサラダを食ったような感じがある。あるいはまたドイツの近代画家の絵とフランス近代画家の絵との二つの展覧・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかしもし現代の読者のうちでこれと類似の怪異伝説あるいは地鳴りの現象についてなんらかの資料を教えてくれる人でもあれば望外の幸いである。 二 次に問題にしたいと思う怪異は「頽馬」「提馬風」また濃尾地方で「ギバ」と称・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・これに依って先覚諸氏の示教に接する機を得ば実に望外の幸いなり。 一 ある自然現象の科学的予報と云えば、その現象を限定すべき原因条件を知りて、該現象の起ると否とを定め、またその起り方を推測する事なり。これは如何・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・この殿堂への一つの細道、その扉を開くべき一つの鍵の、おぼろげな、しかも拙な言葉で表現された暗示としてのみ、この一編の正当な存在の意義を認容される事ができれば著者としてむしろ望外の幸いである。 自分はできるだけ根拠なき臆断と推理を無視する・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・として、あるいはまたアカデミックな精白米の滋味に食い飽きて一種のヴィタミン欠乏症にかかる恐れのあるときの一さじの米ぬかぐらいのつもりでこの一編の所説の中に暗示された何物かを味わってもらわれれば、筆者の望外のしあわせである。・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・そして聊たりとも荒涼寂寞の思を味い得たならば望外の幸であろうとなした。 予め期するところは既に斯くの如くであった。これに対して失意の憾みの生ずべき筈はない。コールタを流したような真黒な溝の水に沿い、外囲いの間の小径に進入ると、さすがに若・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・身心流暢して苦学もまた楽しく、したがって教えしたがって学び、学業の上達すること、世人の望外に出ず。その得、三なり。一、古来、封建世禄の風、我が邦に行われ、上下の情、相通ぜざること久し。ひとり私塾においては、遠近の人相集り、その交際ただ読・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
出典:青空文庫