・・・ その朝から三吉はおげんの側で楽しい暑中休暇を送ろうとして朝飯でも済むと復た直ぐ屋外へ飛び出して行ったが、この小さな甥の子供心に言ったことはおげんの身に徹えた。彼女は家の方に居た時分、妙に家の人達から警戒されて、刃物という刃物は鋏から剃・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
明後日は自分の誕生日。久々で国にいるから祝の御萩を食いに帰れとの事であった。今日は天気もよし、二、三日前のようにいやな風もない。船も丁度あると来たので帰る事と定める。朝飯の時勘定をこしらえるようにと竹さんに云い付ける。こん・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・ お絹は電話で、昨夜道太が行った料亭へ朝飯を註文した。「御飯も持ってきてね、一人前」 それからまた台所の方にいたかと思うと、道太が間もなく何か取りかたがた襦袢を著に二階へあがったころには、お絹は床をあげて、彼の脱ぎ棄ての始末をし・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・などと考えて楊枝を使って、朝飯を済ましてまた例の件を片づけに出掛けて行った。 帰ったのは午後三時頃である。玄関へ外套を懸けて廊下伝いに書斎へ這入るつもりで例の縁側へ出て見ると、鳥籠が箱の上に出してあった。けれども文鳥は籠の底に反っ繰り返・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ 浚渫船の胴っ腹にくっついていた胴船の、船頭夫婦が、デッキの上で、朝飯を食っているのが見えた。運転手と火夫とが、船頭に何か冗談を云って、朗かに笑った。 私は静に立ち上った。 そして橋の手すりに肘をついて浚渫船をボンヤリ眺めた。・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
余は昔から朝飯を喰わぬ事にきめて居る故病人ながらも腹がへって昼飯を待ちかねるのは毎日の事である。今日ははや午砲が鳴ったのにまだ飯が出来ぬ。枕もとには本も硯も何も出て居らぬ。新聞の一枚も残って居らぬ。仕方がないから蒲団に頬杖ついたままぼ・・・ 正岡子規 「飯待つ間」
・・・出て行かんとむしって朝飯に食ってしまうぞ。」ゴーシュはどんと床をふみました。 するとかっこうはにわかにびっくりしたようにいきなり窓をめがけて飛び立ちました。そして硝子にはげしく頭をぶっつけてばたっと下へ落ちました。「何だ、硝子へばか・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ 翌朝、さほ子は重大事件があると云う顔つきで、朝飯を仕舞うと早速独りで外出した。 彼女は街のポウストにれんを呼び戻すはがきを投函し、一つ紙包を下げて帰って来た。 良人は妙に遠慮勝ちな、然し期待に充ちた表情で、時々さほ子の方を見た・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 木村は根芋の這入っている味噌汁で朝飯を食った。 食ってしまって、茶を一杯飲むと、背中に汗がにじむ。やはり夏は夏だと、木村は思った。 木村は洋服に着換えて、封を切らない朝日を一つ隠しに入れて玄関に出た。そこには弁当と蝙蝠傘とが置・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 宿に帰ったのは七時近くであったと思う。朝飯は、蓮の若葉を刻み込んだ蓮飯であった。 谷川君はこの時には何も言わなかったが、その後何かの機会にマラリヤの話が出て、巨椋池の周囲の地方には昔から「おこり医者」といってマラリヤの療法のう・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫