一 加州石川郡金沢城の城主、前田斉広は、参覲中、江戸城の本丸へ登城する毎に、必ず愛用の煙管を持って行った。当時有名な煙管商、住吉屋七兵衛の手に成った、金無垢地に、剣梅鉢の紋ぢらしと云う、数寄を凝らした・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・城の本丸の彼がいつも坐るベンチの後ろでであった。 根方に松葉が落ちていた。その上を蟻が清らかに匍っていた。 冷たい楓の肌を見ていると、ひぜんのようについている蘚の模様が美しく見えた。 子供の時の茣蓙遊びの記憶――ことにその触感が・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・……宵の明星が本丸の櫓の北角にピカと見え初むる時、遠き方より又蹄の音が昼と夜の境を破って白城の方へ近づいて来る。馬は総身に汗をかいて、白い泡を吹いているに、乗手は鞭を鳴らして口笛をふく。戦国のならい、ウィリアムは馬の背で人と成ったのである。・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫