・・・ところが、先生、僕をつかまえると、大元気で、ここへ来るといつでも旅がしたくなるとか、己も来年かさ来年はアメリカへ行くとか、いろんなことを言う。僕はいいかげんな返事をしながら、はなはだ、煮切らない態度で、お相手をつとめていた。第一、ばかに暑い・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・ あたしは来年十二。」「きょうはどちらへいらっしゃるのですか?」「きょう? きょうはもう家へ帰る所なの。」 自働車はこう云う問答の間に銀座の通りを走っている。走っていると云うよりは跳ねていると云うのかも知れない。ちょうど昔ガリラ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・小作料は三年ごとに書換えの一反歩二円二十銭である事、滞納には年二割五分の利子を付する事、村税は小作に割宛てる事、仁右衛門の小屋は前の小作から十五円で買ってあるのだから来年中に償還すべき事、作跡は馬耕して置くべき事、亜麻は貸付地積の五分の一以・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・私は今年はこのままで黄色く枯れてしまいますけれども、来年あなたの来る時分にはまたわかくなってきれいになってあなたとお友だちになりましょう。あなたが今年死ぬと来年は私一人っきりでさびしゅうございますから」 ともっともな事を親切に言ってくれ・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・仕事の習い始めは、随分つらいもんだけど、それやだれでもだから仕方がないさ。来年はだれにも負けなくなるさ」 兄夫婦は口小言を言いつつ、手足は少しも休めない。仕事の習い始めは随分つらいもんだという察しがあるならば、少しは思いやってくれてもよ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・僕だって、さ来年になれば十七歳さ。民さんはほんとに妙なことを云う人だ」 僕も今民子が言ったことの心を解せぬほど児供でもない。解ってはいるけど、わざと戯れの様に聞きなして、振りかえって見ると、民子は真に考え込んでいる様であったが、僕と顔合・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・それで来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには少くとも幾何の遺物を貯えておきたい。この一年の後にわれわれがふたたび会しますときには、われわれが何か遺しておって、今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、今年は後世のために・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 義雄さんには、将来の楽しみが一つできました。来年の芽の出る春が待たれたのであります。 小川未明 「赤い実」
ある男が、縁日にいって、植木をひやかしているうちに、とうとうなにか買わなければならなくなりました。そして、無花果の鉢植えを買いました。「いつになったら、実がなるだろう。」「来年はなります。」と、植木屋は答えました。しかしその木・・・ 小川未明 「ある男と無花果」
・・・「じゃ来年は二十だ。私なんかそのころはもう旅から旅を渡り歩いていた。君はそれで、家も双親も国にはあるんだっけね。じゃ、早く国へお帰んなせえ。こんなとこにいつまでも転々していたってしようがねえ、旅用だけの事は何とか工面してあげるから。」・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫