・・・彼らは案の定燕麦売揚代金の中から厳密に小作料を控除された。来春の種子は愚か、冬の間を支える食料も満足に得られない農夫が沢山出来た。 その間にあって仁右衛門だけは燕麦の事で事務所に破約したばかりでなく、一文の小作料も納めなかった。綺麗に納・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 僕のだまって頷くを見て、正作はさらに言葉をつぎ「だから僕は来春は東京へ出ようかと思っている」「東京へ?」と驚いて問い返した。「そうサ東京へ。旅費はもうできたが、彼地へ行って三月ばかりは食えるだけの金を持っていなければ困るだ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・あせらず御養生専一にねがいます。来春は東京の実家へかえって初日を拝むつもりです。その折、お逢いできればと、いささか、たのしみにして居ります。良薬の苦味、おゆるし下さい。おそらくは貴方を理解できる唯一人の四十男、無二の小市民、高橋九拝。太宰治・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ その他、来春、長編小説三部曲、「虚構の彷徨。」S氏の序文、I氏の装幀にて、出版。 この日、午後一時半、退院。汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。天にいます汝らの父の子とならん為なり。天の父はその陽を悪しき者・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・私は唯だ来春、正月でなければ遊びに来ない、父が役所の小使勘三郎の爺やと、九紋龍の二枚半へうなりを付けて上げたいものだ。お正月に風が吹けばよいと、そんな事ばかり思って居た。けれども、出入りの八百屋の御用聞き春公と、家の仲働お玉と云うのが何時か・・・ 永井荷風 「狐」
・・・君にだけやるから来春植えてみたまえと云った。すると農場の方から花の係りの内藤先生が来たら武田先生は大へんあわててポケットへしまっておきたまえ、と云った。ぼくは変な気がしたけれども仕方なくポケットへ入れた。すると武田先生は急いで農舎の中へはい・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・いちばんしまいの荷馬車がたったとき、てぐす飼いの男が、ブドリに、「おい、お前の来春まで食うくらいのものは家の中に置いてやるからな。それまでここで森と工場の番をしているんだぞ。」と言って、変ににやにやしながら荷馬車についてさっさと行っ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ 謹直な教師たちに屈辱感を与えたにちがいないその問題は、しかし、愈物的条件の切迫した来春どんな形で再燃するだろうか。それ迄に、適切な策が立てられることを切望する。新しい文部大臣もそのことは考えられるのだろう。〔一九四〇年六月―七月〕・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・ 新潮から、来春、単行本が出るだろう。経済的に、自分の得るものは現在の処極僅少である。従って、貯蓄はない。 二人の分を合わせて三百円もあるだろうか。 朝、大抵八時半から九時半までに起る。朝飯後、一時頃まで書きつづけて食事にする。・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫