・・・「ではそこへ案内して下さい。」 女の眼に一瞬間の喜びの輝いたのはこの時である。「さようでございますか? そうして頂ければ何よりの仕合せでございます。」 神父は優しい感動を感じた。やはりその一瞬間、能面に近い女の顔に争われぬ母・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・そして監督の案内で農場内を見てまわった。「私は実はこちらを拝見するのははじめてで、帳場に任して何もさせていたもんでございますから、……もっとも報告は確実にさせていましたからけっしてお気に障るような始末にはなっていないつもりでございますが・・・ 有島武郎 「親子」
・・・それで君、ニコライの会堂の屋根を冠った俳優が、何十億の看客を導いて花道から案内して行くんだ』『花道から看客を案内するのか?』『そうだ。其処が地球と違ってるね』『其処ばかりじゃない』『どうせ違ってるさ。それでね、僕も看客の一人・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・伊勢は七度よいところ、いざ御案内者で客を招けば、おらあ熊野へも三度目じゃと、いわれてお供に早がわり、いそがしかりける世渡りなり。 明治三十八乙巳年十月吉日鏡花、さも身に染みたように、肩を震わすと、後毛がまたはらはら。「寒く・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ヘイ、わしこの辺のことよう心得てますが、耳が遠うござりますので、じゅうぶんご案内ができないが残念でござります、ヘイ」「鵜島へは何里あるかい」「ヘイ、この海がはば一里、長さ三里でござります。そのちょうどまんなかに島があります。舟津から・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・とその坊さんに力をつけて案内して家にかえると夫婦で立って来て小吟の志をほめ又、旅人もさぞお困りであったろうと萩柴をたいていろいろともてなした。法師はくたびれて居てどうもしようがなかったのをたすけられてこの上もなくよろこび心をおちつけて油単の・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・あすこへ御案内おし」「なアに、どこでもいいですよ」と、僕は立ってお君さんについて行った。煙草盆が来た、改めてお茶が出た。「何をおあがりなさいます」と、お君のおきまり文句らしいのを聴くと、僕が西洋人なら僕の教えた片言を試みるのだろうと・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・展覧会が開かれても、案内を受けて参観した人は極めて小部分に限られて、シカモ多くは椿岳を能く知ってる人たちであったから、今だにその画をも見ずその名をすらも知らないものが決して少なくないだろう。先年或る新聞に、和田三造が椿岳の画を見て、日本にも・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と、その家の人はいって、裏庭に案内しました。 大きな無花果の木に、実がいっぱいなっていたのです。男は、驚きました。かつ当惑しました。しかたがなく、掘って、車に載せて帰りました。 しかし、それは、木を移す時期でなかったので、実もしなび・・・ 小川未明 「ある男と無花果」
・・・ 御案内しましょう」「はばかりさま」 女中は茶盆を持ってお光を案内する。 しばらくすると、奇麗に茶道具を洗い揚げて持って来たが、ニヤニヤと変に笑いながら、「ちょいと、あなたのレコなの?」と女中は小指を出して見せる。「何が? ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫