・・・ しかし、ものの二十間も行かぬうちに、案内すると見せかけた客引きは、押していた自転車に飛び乗って、「失礼しやして、お先にやらしていただきやんす。お部屋の用意をしてお待ち申しておりやんすによって、どうぞごゆるりお越し下されやんせッ」・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・彼は玄関へ入るなり、まず敷台の隅の洋傘やステッキの沢山差してある瀬戸物の筒に眼をつける――Kの握り太の籐のステッキが見える――と彼は案内を乞うのも気が引けるので、こそ/\と二階のKの室へあがって行く。……「……K君――」「どうぞ……・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と出した名刺には五号活字で岡本誠夫としてあるばかり、何の肩書もない。受付はそれを受取り急いで二階に上って去ったが間もなく降りて来て「どうぞ此方へ」と案内した、導かれて二階へ上ると、煖炉を熾に燃いていたので、ムッとする程温かい。煖炉の前に・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「露助にやかましく云って案内さして見ろ!」 中隊長は歩きながら、腹立たしげに、がみがみ云った。「場合によっては銃剣をさしつけてもかまわん。あいつが、パルチザンと策応して、わざと道を迷わしとるのかもしれん。それをよく監視せにゃいかんぞ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・釣船頭というものは魚釣の指南番か案内人のように思う方もあるかも知れませぬけれども、元来そういうものじゃないので、ただ魚釣をして遊ぶ人の相手になるまでで、つまり客を扱うものなんですから、長く船頭をしていた者なんぞというものはよく人を呑込み、そ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・と云って、特高を案内したそうである。お前には、「サア/\何処からでも見てけさい!」と云ったあのお母さんを直ぐ思い出すことが出来るね。スパイの連中が帰りがけにストーヴのお礼を云ったら、「そッたらお礼ききたくもない。それよりお前さんらサッサとこ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・おげんは熊吉の案内で坂の下にある電車の乗場から新橋手前まで乗った。そこには直次が姉を待合せていた。直次は熊吉に代って、それから先は二番目の弟が案内した。 小石川の高台にある養生園がこうしたおげんを待っていた。最後の「隠れ家」を求めるつも・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ それから露縁に上って案内をこうてみました。 答える人はありませんので住居の中にはいって行きました。床の上に薔薇にうめられて、銀の足を持って黒綾の棺が置いてありました。しかしてその棺の中には、頭に婚礼のかんむりを着けたわかいむすめが・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のところで久し振りの友人と逢い、さっそく私のなじみのおでんやに案内して大いに飲み、そろそろ酒が苦痛になりかけて来た時に、雑誌社の編輯者が・・・ 太宰治 「朝」
・・・ チルナウエルは地図、旅行案内、紹介状、旅行券を受け取った。紹介状はどこで誰に渡せと云うことを、一々はっきり言い附けられた。そして少からぬ金額を旅費として受け取った。最後に暇乞をしようとした時、名所記類を一山授けた。ポルジイは頭痛に病み・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫