・・・その下にどこかの天ぷら屋の宣伝札らしいものがある。火山に天ぷらは縁があると思えば可笑しい。 岩塊の頂で偶然友人N君の一行に逢った。その案内で程近い洞穴の底に雪のある冷泉を紹介された。小さな洞穴の口では真冬の空気と真夏の空気が戦って霧を醸・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・「この辺は私もじつはあまり案内者の資格がないようです」桂三郎はそんなことを言いながら、渚の方へ歩いていった。 美しい砂浜には、玉のような石が敷かれてあった。水がびちょびちょと、それらの小石や砂を洗っていた。青い羅衣をきたような淡路島・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 建込んだ表通りの人家に遮ぎられて、すぐ真向に立っている彼の高い本願寺の屋根さえ、何処にあるのか分らぬような静なこの辺の裏通には、正しい人たちの決して案内知らぬ横町が幾筋もある。こういう横町の二階の欄干から、自分は或る雨上りの夏の夜に通・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 案内者はいずれの国でも同じものと見える。先っきから婆さんは室内の絵画器具について一々説明を与える。五十年間案内者を専門に修業したものでもあるまいが非常に熟練したものである。何年何月何日にどうしたこうしたとあたかも口から出任せに喋舌って・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 四 先刻私を案内して来た男が入口の処へ静に、影のように現れた。そして手真似で、もう時間だぜ、と云った。 私は慌てた。男が私の話を聞くことの出来る距離へ近づいたら、もう私は彼女の運命に少しでも役に立つような働が出来・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・と、今客を案内して来た小式部という花魁が言ッた。「小式部さん、これを上げよう」と、初緑は金盥の一個を小式部が方へ押しやり、一個に水を満々と湛えて、「さア善さん、お用いなさい。もうお湯がちっともないから、水ですよ」「いや、結構。ありが・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・また今の旧下士族が旧上士族に向い、旧時の門閥虚威を咎めてその停滞を今日に洩らさんとするは、空屋の門に立て案内を乞うがごとく、蛇の脱殻を見て捕えんとする者のごとし。いたずらに自から愚を表して他の嘲を買うに過ぎず。すべて今の士族はその身分を落し・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・地獄では我々が古参だから頭下げて来るなら地獄の案内教えてやらないものでもないが、生意気に広い墓地を占領して、死んで後までも華族風を吹かすのは気にくわないヨ。元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して・・・ 正岡子規 「墓」
・・・と言いながらホモイのお父さんは、みんなをおうちの方へ案内しました。鳥はぞろぞろついて行きました。ホモイはみんなのあとを泣きながらしょんぼりついて行きました。梟が大股にのっそのっそと歩きながら時々こわい眼をしてホモイをふりかえって見ました。・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 案内してくれる文化委員は、工場学校の方へ歩き出しながら話に告げた。「あの二人は模範的な母親たちですよ。お母さんの方は代議員だし、オーリャは党員候補です」 ソヴェト同盟の工場では五人に一人ぐらいの割合で婦人労働者の間から代議員と・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
出典:青空文庫