・・・松茸、椎茸、とび茸、おぼろ編笠、名の知れぬ、菌ども。笠の形を、見物は、心のままに擬らえ候え。「――あれあれ、」 女山伏の、優しい声して、「思いなしか、茸の軸に、目、鼻、手、足のようなものが見ゆる。」 と言う。詞につれて、如法・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・生椎茸あり。起癈散、清暑水など、いろいろに認む。一枚戸を開きたる土間に、卓子椅子を置く。ビール、サイダアの罎を並べ、菰かぶり一樽、焼酎の瓶見ゆ。この店の傍すぐに田圃。一方、杉の生垣を長く、下、石垣にして、その根を小流走る。石垣にサフラン・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・楢や櫟を切り仆して椎茸のぼた木を作る。山葵や椎茸にはどんな水や空気や光線が必要か彼らよりよく知っているものはないのだ。 しかしこんな田園詩のなかにも生活の鉄則は横たわっている。彼らはなにも「白い手」の嘆賞のためにかくも見事に鎌を使ってい・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・とある家に入りて昼餉たべけるに羹の内に蕈あり。椎茸に似て香なく色薄し。されど味のわろからぬまま喰い尽しけるに、半里ほど歩むとやがて腹痛むこと大方ならず、涙を浮べて道ばたの草を蓐にすれど、路上坐禅を学ぶにもあらず、かえって跋提河の釈迦にちかし・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・さかなは、鑵詰の蟹と、干椎茸であった。林檎もあった。「おい、もう一晩のばさないか?」「ええ、」妻は雑誌を見ながら答えた。「どうでも、いいけど。でも、お金たりなくなるかも知れないわよ。」「いくらのこってんだい?」そんなことを聞きな・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・自分はこの車夫に椎茸と云う名をつけた。それは影法師の形がいくらか似ていると思ったからである。街道に沿うた松並木の影の中をこの椎茸がニョキ/\と飛んで行くのがドンナに可笑しかったろう。朝はこの椎茸が恐ろしく長くて、露にしめった道傍の草の上を大・・・ 寺田寅彦 「車」
・・・そうして、いつかどこかでごちそうになったときに出された吸い物の椎茸をかみ切った拍子にその前歯の一本が椎茸の茎の抵抗に負けてまん中からぽっきり折れてしまった。夏目漱石先生にその話をしたらひどく喜ばれてその事件を「吾輩は猫である」の中の材料に使・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・何という題であったか忘れたが、自分が九歳の頃東海道を人力車で西下したときに、自分の乗っていた車の車夫が檜笠を冠っていて、その影が地上に印しながら走って行くのを椎茸のようだと感じたと見えてその車夫を椎茸と命名したという話を書いた。子規がその後・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・――湯葉に、椎茸に、芋に、豆腐、いろいろあるじゃないか」「いろいろある事はあるがね。ある事は君の商売道具まであるんだが――困ったな。昨日は饂飩ばかり食わせられる。きょうは湯葉に椎茸ばかりか。ああああ」「君この芋を食って見たまえ。掘り・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫