・・・そのような極北の情慾は、謂わばあの虚無ではないのか。しかもニヒルには、浅いも深いも無い。それは、きまっている。浅いものである。さちよの周囲には、ずいぶんたくさんの男が蝟集した。その青白い油虫の円陣のまんなかにいて、女ひとりが、何か一つの真昼・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・子熊のほうはたぶんそのうちに東京の動物園に現われ檻の前の立て札には「従来捕獲されたる白熊の中にて最高緯度の極北において捕獲されたるものなり」といったような説明書がつくことであろう。そのころにはもうあの北氷洋上の惨劇も子熊の記憶からはとうの昔・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・その中の数隊は極北の島々にそれぞれの観測所を設けて地磁気や気象の観測をしたり、あるいは火薬の爆発によって人工地震波を作りそれを地震計で観測した結果から氷盤の厚さを測定したり、あるいはまた近ごろ学界の問題になっている宇宙線に連関して空気の電離・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・のなかで、この点にふれて最も興味のあるのは、ヴォドピヤーノフが、ナンセン、アムンゼン、ピーリ等が北極に於てとげた功績を詳細に研究して、極北に学術探検隊の営所を創設すること、飛行機の助けをかりて創設しようという、「単純で現実的でありながら幻想・・・ 宮本百合子 「文学のひろがり」
出典:青空文庫