・・・然れども吾人の問わんと欲するは忍野氏の病名如何にあらず。常子夫人の夫たる忍野氏の責任如何にあり。「それわが金甌無欠の国体は家族主義の上に立つものなり。家族主義の上に立つものとせば、一家の主人たる責任のいかに重大なるかは問うを待たず。この・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 問 君――あるいは心霊諸君は死後もなお名声を欲するや? 答 少なくとも予は欲せざるあたわず。しかれども予の邂逅したる日本の一詩人のごときは死後の名声を軽蔑しいたり。 問 君はその詩人の姓名を知れりや? 答 予は不幸にも忘れ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・したがって我々はおのおのその欲する時、欲するところに勝手にこの名を使用しても、どこからも咎められる心配はない。しかしそれにしても思慮ある人はそういうことはしないはずである。同じ町内に同じ名の人が五人も十人もあった時、それによって我々の感ずる・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・人は誰しも自由を欲するものである。服従と自己抑制とは時として人間の美徳であるけれども、人生を司配すること、この自由に対する慾望ばかり強くして大なるはない。歴史とは大人物の伝記のみとカーライルの喝破した言にいくぶんなりともその理を認むる者は、・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・他なし、お通がこの家の愛娘として、室を隔てながら家を整したりし頃、いまだ近藤に嫁がざりし以前には、謙三郎の用ありて、お通に見えんと欲することあるごとに、今しも渠がなしたるごとく、籠の中なる琵琶を呼びて、しかく口笛を鳴すとともに、琵琶が玲瓏た・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・が、その頃に限らず富が足る時は名を欲するのが古今の金持の通有心理で、売名のためには随分馬鹿げた真似をする。殊に江戸文化の爛熟した幕末の富有の町家は大抵文雅風流を衒って下手な発句の一つも捻くり拙い画の一枚も描けば直ぐ得意になって本職を気取るも・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・私の Libraryのなかのもっとも価値あるものとして遺しておきましょうと申しました。それからその雑誌はだいぶ改良されたようであります。それです、私は名論卓説を聴きたいのではない。私の欲するところと社会の欲するところは、女よりは女のいうよう・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 其人の饑渇は充分に癒さるべければ也とのことである、而して是れ現世に於て在るべきことでない事は明である、義を慕う者は単に自己にのみ之を獲んとするのではない、万人の斉く之に与からんことを欲するのである、義を慕う者は義の国を望むのである、而して・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ 私達は、この精神に即してのみ社会運動の意義を見出さんと欲する。そして、この情熱に於てのみ、不断の感激をそゝられるのである。 主観的信念より、客観的組織に就くことは自然として、何等疑いを挾まない。けれど、これしも空想的社会主義から科・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・そして、ブルジョア作家は、なおこれ等の事実から、いかに、人生というものの物憂いか、また、はかないものであるかを、また人間の醜いものであるかを語ろうと欲するのである。言い換えれば、やはりこれ等の華かな事実を通じて、人生の暗黒な真相を考えようと・・・ 小川未明 「何を作品に求むべきか」
出典:青空文庫