・・・ そと貴船伯に打ち向かいて、沈みたる音調もて、「御前、姫様はようようお泣き止みあそばして、別室におとなしゅういらっしゃいます」 伯はものいわで頷けり。 看護婦はわが医学士の前に進みて、「それでは、あなた」「よろしい」・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ と声を懸けて、機嫌聞きに亭主が真先、百万遍さえ止みますれば、この親仁大元気で、やがてお鉄も参り、「お客様お早うございます。」 十九 小宮山は早速嗽手水を致して心持もさっぱりしましたが、右左から亭主、女共・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・夏期の降霜はまったく止みました。今や小麦なり、砂糖大根なり、北欧産の穀類または野菜にして、成熟せざるものなきにいたりました。ユトランドは大樅の林の繁茂のゆえをもって良き田園と化しました。木材を与えられし上に善き気候を与えられました、植ゆべき・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・滴声しきりなれども雨はすでに止みたりとおぼし」同二十三日――「昨夜の風雨にて木葉ほとんど揺落せり。稲田もほとんど刈り取らる。冬枯の淋しき様となりぬ」同二十四日――「木葉いまだまったく落ちず。遠山を望めば、心も消え入らんばかり懐し」・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ほどなく大宮につきて、関根屋というに宿かれば、雨もまたようやく止みて、雲のたえだえに夕の山々黒々と眼近くあらわれたり。ここは秩父第一の町なれば、家数も少からず軒なみもあしからねど、夏ながら夜の賑わしからで、燈の光の多く見えず、物売る店々も門・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。メロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、な・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ふっと呪文が、とぎれた、と同時に釜の中の沸騰の音も、ぴたりと止みましたので、王子は涙を流しながら少し頭を挙げて、不審そうに祭壇を見た時、嗚呼、「ラプンツェル、出ておいで。」という老婆の勝ち誇ったような澄んだ呼び声に応えて、やがて現われた、ラ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 夜が明けても雨は小止みもなく降り続いた。松本までの車を雇って山を下りて来ると、島々の辺から雨が止み、汽車が甲州路に入ると雲が破れて日光が降りそそいだ。 雨の上高地はしかしやはり美しかった。 中の湯あたりから谷が迫って景色が・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・もっとも非常時の陸海軍では民間飛行の場合などとちがって軍機の制約から来るいろいろな止み難い事情のために事故の確率が多くなるのは当然かもしれないが、いずれにしても成ろうことならすべての事故の徹底的調査をして真相を明らかにし、そうして後難を無く・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・そうして電車の音も止まり近所の大工の音も止み、世間がしんとして実に静寂な感じがしたのであった。 夕方藤田君が来て、図書館と法文科も全焼、山上集会所も本部も焼け、理学部では木造の数学教室が焼けたと云う。夕食後E君と白山へ行って蝋燭を買って・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
出典:青空文庫