・・・心霊の高貴とか、いのちの不思議とかいうようなものは、物質を超越しようとする志向の下に初めてなりたつ事柄で、物的条件をエキスキュースにしだしては死滅してしまうのである。だから前回に述べたような現実の心づかいは実にやむを得ない制約なので、恋愛の・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・あとは、敗北の奴隷か、死滅か、どちらかである。 言い落した。これは、観念である。心構えである。日常坐臥は十分、聡明に用心深く為すべきである。 君の聞き上手に乗せられて、うっかり大事をもらしてしまった。これは、いけない。多少、不愉快で・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・結局、なんだかわからないが、まあ、大サンショウウオとでもいうものであろう、と気のきいたごまかしかたをして、いまはこの大サンショウウオなるものは死滅して世界中のどこにもいない、居らん! と大声で言って衆口を閉じさせ、ひとまず落ちつく事にいたし・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・作家が死滅したのです。救助の仕様もありません。君の手紙を見て、自分は君の本質的な危機を見ました。冗談言って笑ってごまかしている時ではありません。君は或いは君の仕事にやや満足しているのではあるまいか。やるべきところ迄は、やり果した。これ以上の・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・芸術は、権力を得ると同時に、死滅する。 あくる日、洋画を勉強している一友人が、三鷹の此の草舎に訪れて来て、私は、やがて前夜の大失態に就いて語り、私の覚悟のほども打ち明けた。この友人もまた、瀬戸内海の故郷の島から追放されているのである。・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・闇の中の湖水は、鉛のように凝然と動かず、一魚一介も、死滅してここには住まわぬ感じで、笠井さんは、わざと眼をそむけて湖水を見ないように努めるのだが、視野のどこかに、その荒涼悲惨が、ちゃんとはいっていて、のど笛かき切りたいような、グヮンと一発ピ・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・事によると、昔のある時代に繁茂していた植物のコロニーが、ある年の大噴火で死滅し、その上に一メートルほどの降砂が堆積した後に、再び植物の移住定着が始まり、その後は無事で今日に到ったのではないかという気がする。 峰の茶屋には白黒だんだらの棒・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・平たく言えば、われわれ人間はこうした災難に養いはぐくまれて育って来たものであって、ちょうど野菜や鳥獣魚肉を食って育って来たと同じように災難を食って生き残って来た種族であって、野菜や肉類が無くなれば死滅しなければならないように、災難が無くなっ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・この死滅した昔の栄華と歓楽の殿堂の跡にこんなかよわいものが生き残っていた、石や煉瓦はぽろぽろになっているのに。 酒屋の店の跡も保存されてあった。パン屋の竈の跡や、粉をこねた臼のようなものもころがっていた。娼家の入り口の軒には大きな石の ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・しかしまた、そうした奇形児がいくらできてもその当時の環境に適合しなければその変形は存続することができなくて死滅したであろうと考えられる。 短歌から連歌への変遷もやはり一種の進化と見られる。たとえば一個のポリプを二つにちぎって、それぞれに・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
出典:青空文庫