・・・ところが他殺でないことがわかったきょうでも、まだ死者に対するはっきりした哀悼は示されていない。 命を奪われるほど悪人でなかった故人。むしろ弱点も人間的といえた故人。国鉄五十万人と運命をともにした故人。世間に暗い衝撃を与えることは、故人の・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・が生きて苦しんでいたときの世話をゆだねたのなら、安心して、その身近い者であることを寧ろ誇れる時となって、死者をそのようにとりまくことは、妙に思える。親切や尊敬は、それが最も必要なときに示されてこそ、真実の意味がある。 獄中で死んだ国領五・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・美辞麗句の哀悼の詞より、死者を瞑せしめるのは、偽りないその点への科学的な追究の態度であったろうと思う。 この感想を私は或る新聞の短文にかいたら、あの飛行機は台湾のなかだけ翔んでいるので云々と云ってかえして来た。これも妙だと思われる。私た・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・肉体においては生存していても、歴史の進む方向を判断する精神において既に死んでいる者が、死して死なざる生命に甦らされて今日物を云うという場合、死者に甦らされた生者として語るべき唯一のことは、真実あるのみである。信義ある言葉のみが語るべき言葉で・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・「裸者と死者」で達せられなかった「法の威力」をしめそうとする目的に立っていることがあまり明白のように思われます。五、権力は、さまざまの形で、威力を発揮しようとして来たことは、一昨年春ごろやかましかった猥雑なエログロ雑誌取締の時のプロセス・・・ 宮本百合子 「「チャタレー夫人の恋人」の起訴につよく抗議する」
・・・ 伊豆地方の大震災 惨たる各地の被害 震源地は丹那盆地 死者二百三十二名 伊豆震災救済策 震災地方の納税減免 国庫負担法で業務教育費交付 両腕の動かしかたに共通の一種独特の職業的癖をもっている日本の列車ボーイ・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
ヘンリー・ライクロフトの私記の中に、 自分は、斯うやって卓子の上にある蜜も、蜜であるが故に喜んで味わう――ジョンソンが云った通り、文学的素養のある人間と無い人間とは、生者と死者ほどの違いがある。この蜜についても、若し私・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・夥しい戦死者がある。戦災を被った都会からの転出者との生活上の摩擦、昨今の供出の難かしい問題など、それは農村の封建的な土地との関係、家族の関係などを引くるめて、決して農村婦人の生活を、これまでよりも負担の軽い、楽しい明るいものとはしていないの・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・伝説では、殉死の習慣を廃するために埴輪人形を立て始めたということになっているが、その真偽はわからないにしても、とにかく殉死と同じように、葬られる死者を慰めようとする意図に基づいたものであることは、間違いのないところであろう。そういう埴輪の形・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
・・・折にふれて思い出しては悲しむのが、せめてもの慰めであり、死者への心づくしである。そういう点からいえば、親の愛はまことに愚痴にほかならないが、しかし自分は子を亡くして見て、人間の愚痴というもののなかに、人情の味のあることを悟った。人格は目的そ・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫