・・・そこでその日も母親が、本所界隈の小売店を見廻らせると云うのは口実で、実は気晴らしに遊んで来いと云わないばかり、紙入の中には小遣いの紙幣まで入れてくれましたから、ちょうど東両国に幼馴染があるのを幸、その泰さんと云うのを引張り出して、久しぶりに・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・お気晴らしになるかも知れませんわねえ。」こう云って、奥さんは夫に同意した。そして二人共気鬱が散じたような心持になった。 夫が出てしまうと、奥さんは戸じまりをして、徐かに陰気らしく、指の節をこちこちと鳴らしながら、部屋へ帰った。 ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・たまには気晴しに、うんとお金を使いたくなる事もあるだろうと思います。みんな使うと、私が、がっかりするとでも思って居られるのでしょうか。私だって、お金の有難さは存じていますが、でも、その事ばかり考えて生きているのでは、ございません。三百円だけ・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・丙種で、三浦君は少からず腐っていた矢先でもあったし、気晴しに下吉田のその遠縁の旅館に、遊びに行こうと思い立った。 姉は律子。妹は貞子。之は、いずれも仮名である。本当の名前は、もっと立派なのだが、それを書いては、三浦君も困るだろうし、姉妹・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・鞭を持っていたのは、慣れない為事で草臥れた跡で、一鞍乗って、それから身分相応の気晴らしをしようと思ったからである。 その晩のうちにチルナウエルは汽船に乗り込んで、南へ向けて立った。最初に着く土地はトリエストである。それから先きへ先きへと・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それなら時々地獄極楽を見物にいって気晴らしするもおつだが、しかし方角が分らないテ。めったに闇の中を歩行いて血の池なんかに落ちようものなら百年目だ、こんな事なら円遊に細しく聞いて来るのだッた。オヤ梟が鳴く。何でも気味の善い鳥とは思わなかったが・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 彼の人達が来る前よりも私はくしゃくしゃして来た。 飾ったものなんかさっさと仕舞い込んで仕舞う。 気晴しにマンドリンを弾く。 左の第二指に出来た水ぶくれが痛んで音を出し辛い。 すぐやめて仕舞う。 西洋葵に水をやって、・・・ 宮本百合子 「秋風」
出典:青空文庫