・・・お民さん、貴女がこうやって遊びに来てくれたって、知らない婦人が居ようより、阿母と私ばかりの方が、御馳走は届かないにした処で、水入らずで、気が置けなくって可いじゃありませんか。」「だって、謹さん、私がこうして居いいために、一生貴方、奥さん・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・「この方が水入らずでいい、わ」と、お袋は娘の顔を見た。「青木は来たの?」吉弥はまた母の顔をじッと見つめた。「ああ、来たよ」「相談は定まって?」「うまく行かないの、さ」「あたい、厭だ、わ!」吉弥は顔いろを変えた。「だか・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ その夜は叔母の家でおそくまで、母と叔母と私と三人、水入らずで、話をした。私は、妻が三鷹の家の小さい庭をたがやして、いろんな野菜をつくっているという事を笑いながら言ったら、それが、いたくお二人の気に入ったらしく、よくまあ、のう、よくまあ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ これは日本と関係のないよその話ではあるが、自分の知るところでは一九一〇年ごろのカイゼル・ウィルヘルム第二世は事あるごとに各方面の専門学術に熟達したいわゆるゲハイムラート・プロフェッソルを呼びつけて、水入らずのさし向かいでいろいろの科学知識・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・子供もなく夫婦二人きり全くの水入らずでほんとうに小ぢんまりとした、そうして几帳面な生活をしている」といったような意味のことであったと思う。同じようなことを一度ならず何度も聞かされたように思う。 この、きちんとして、小ぢんまりしているとい・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
出典:青空文庫