・・・もし喉の渇いた時には水筒のウイスキイを傾ければ好い。幸いまだポケットにはチョコレエトの棒も残っている。 聴き給え、高い木木の梢に何か寝鳥の騒いでいるのを。鳥は今度の大地震にも困ると云うことを知らないであろう。しかし我我人間は衣食住の便宜・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕はかねて用意の水筒を持って、「民さん、僕は水を汲んで来ますから、留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産に採って来ます」「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られた・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 食うものはなくなった。水筒の水は凍ってしまった。 銃も、靴も、そして身体も重かった。兵士は、雪の上を倒れそうになりながら、あてもなく、ふらふら歩いた。彼等は自分の死を自覚した。恐らく橇を持って助けに来る者はないだろう。 どうし・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 数日後に、その青年は、水筒にお酒をつめて持って来た。 私は飲んでみて、「うまい。」 と言った。 清酒と同様に綺麗に澄んでいて、清酒よりも更に濃い琥珀色で、アルコール度もかなり強いように思われた。「優秀でしょう?」・・・ 太宰治 「母」
・・・ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりに・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ウィスキーはポケット用のビンではこわれるから大さわぎして水筒を買いそれに入れかえて送りました。隆治さんから十九日に電報が来て、 イロイロノゴハイリヨアリガタクウケマシタゲンキニシユツパツ とありそれを見たら涙が浮びました。有難くうけ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・わたし水筒もって行くわ、と云って出かけた若い婦人の方もあったでしょうし、あああなた、こっちの靴下の方がうまくついであるわ、足にまめが出来ないように、ね、と、さっぱり洗いたての靴下をはかせてあげた奥さんもありましたろう。 つとめのある方は・・・ 宮本百合子 「メーデーと婦人の生活」
・・・男は脚絆に草鞋がけ、各自に重そうな荷と水筒を負い、塵と汗とにまびれている。女の数はごく少く、それも髪を乱し、裾をからげ、年齢に拘らず平時の嬌態などはさらりと忘れた真剣さである。武装を調えた第三十五連隊の歩兵、大きな電線の束と道具袋を肩にかけ・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫