・・・ただ、本間さんの議論が、いつもの通り引証の正確な、いかにも諭理の徹底している、決定的なものだったと云う事を書きさえすれば、それでもう十分である。が、瀬戸物のパイプを銜えたまま、煙を吹き吹き、その議論に耳を傾けていた老紳士は、一向辟易したらし・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・ことに、裸の娘と深夜の部屋に二人きりでいるという条件は、この際決定的なものであった。 しかし、そんな風な、まるでおあつらえ向きの条件になった原因を考えると、小沢はやはりその娘の体に触れることが躊躇された。「とにかく娘はおれに救いを求・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・――しかしそんなことはいくら考えても決定的な知識のない吉田にはその解決がつくはずはなかった。その原因を臆測するにもまたその正否を判断するにも結局当の自分の不安の感じに由るほかはないのだとすると、結局それは何をやっているのかわけのわからないこ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・が、かえってそれは少年に慰めにはならずに決定的に失望を与えたことになったのを気づいた途端に、予の竿先は強く動いた。自分はもう少年には構っていられなくなった。竿を手にして、一心に魚のシメ込を候った。魚は式の如くにやがて喰総めた。こっちは合せた・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・散髪を怠らず、学問ありげな、れいの虚無的なるぶらりぶらりの歩き方をも体得して居た筈でありますし、それに何よりも泥酔する程に酒を飲まぬのが、決定的にこの男を上品な紳士の部類に編入させているのであります。けれども、悲しいかな、この男もまた著述を・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・けれども、私たちは、それを決定的な汚点だとは、ちっとも思いません。 いまは、大過渡期だと思います。私たちは、当分、自信の無さから、のがれる事は出来ません。誰の顔を見ても、みんな卑屈です。私たちは、この「自信の無さ」を大事にしたいと思いま・・・ 太宰治 「自信の無さ」
・・・この説に就いては、なお長年月をかけて考えてみたいと思っているが、小説家というものは恥知らずの愚者だという事だけは、考えるまでもなく、まず決定的なものらしい。昨年の暮に故郷の老母が死んだので、私は十年振りに帰郷して、その時、故郷の長兄に、死ぬ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 女が描けていない、ということは、何も、その作品の決定的な不名誉ではない。女を描けないのではなくて、女を描かないのである。そこに理想主義の獅子奮迅が在る。美しい無智が在る。私は、しばらく、この態度に拠ろうと思っている。この態度は、しばし・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・あれでもう、決定的です。私でさえ、鼻をつまんで読んだ事があります。女のひとは、ひとりのこらず、貴下を軽蔑し、顰蹙するのも当然です。私は、貴下の小説をお友だちに隠れて読んでいました。私が貴下のものを読んでいるという事が、もしお友達にわかったら・・・ 太宰治 「恥」
・・・ 映画成立の最後の決定的過程として編集術については以下に項を改めて述べる事とする。 映画の編集過程 たくさんな陰画の堆積の中から有効なものを選び出してそれをいかにつなぎ合わせるかがいわゆるモンタージュの仕事である・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫