・・・その時僕の主我の角がぼきり折れてしまって、なんだか人懐かしくなって来る。いろいろの古い事や友の上を考えだす。その時油然として僕の心に浮かんで来るのはすなわちこれらの人々である。そうでない、これらの人々を見た時の周囲の光景の裡に立つこれらの人・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ 持たない中こそ何でもなかったが、手にして見るとその竿に対して油然として愛念が起った。とにかく竿を放そうとして二、三度こづいたが、水中の人が堅く握っていて離れない。もう一寸一寸に暗くなって行く時、よくは分らないが、お客さんというのはでっ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ ここに至って合点が出来た。油然として同情心が現前の川の潮のように突掛けて来た。 ムムウ。ほんとのお母さんじゃないネ。 少年は吃驚して眼を見張って自分の顔を見た。が、急に無言になって、ポックリちょっと頭を下げて有難うという意を表・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・はからざる便りの胸を打ちて、度を失えるギニヴィアの、己れを忘るるまでわれに遠ざかれる後には、油然として常よりも切なきわれに復る。何事も解せぬ風情に、驚ろきの眉をわが額の上にあつめたるアーサーを、わが夫と悟れる時のギニヴィアの眼には、アーサー・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・空しき心のふと吾に帰りて在りし昔を想い起せば、油然として雲の湧くが如くにその折々は簇がり来るであろう。簇がり来るものを入るる余地あればある程、簇がる物は迅速に脳裏を馳け廻るであろう。ウィリアムが吾に醒めた時の心が水の如く涼しかっただけ、今思・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫