・・・ そのうちに、久米と松岡とが、日本の文壇の状況を、活字にして、君に報ずるそうだ。僕もまた近々に、何か書くことがあるかもしれない。 芥川竜之介 「出帆」
・・・しかし内容はともかくも、紙の黄ばんだ、活字の細かい、とうてい新聞を読むようには読めそうもない代物である。 保吉はこの宣教師に軽い敵意を感じたまま、ぼんやり空想に耽り出した。――大勢の小天使は宣教師のまわりに読書の平安を護っている。勿論異・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・が、活字を追う間に時々あの毛虫のことを思い出しました。…… 僕の散歩に出かけるのはいつも大抵は夕飯前です。こう云う時にはM子さん親子をはじめ、K君やS君も一しょに出るのです。そのまた散歩する場所もこの村の前後二三町の松林よりほかにはあり・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・そして帳場机の中から、美濃紙に細々と活字を刷った書類を出して、それに広岡仁右衛門という彼れの名と生れ故郷とを記入して、よく読んでから判を押せといって二通つき出した。仁右衛門は固より明盲だったが、農場でも漁場でも鉱山でも飯を食うためにはそうい・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そこで活字が嬉しいから、三枚半で先ず……一回などという怪しからん料簡方のものでない。一回五六枚も書いて、まだ推敲にあらずして横に拡った時もある。楽屋落ちのようだが、横に拡がるというのは森田先生の金言で、文章は横に拡がらねばならぬということで・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・十数年以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になったが、『しがらみ草紙』や『めざまし草』で盛んに弁難論争した頃は、六号活字の一行二行の道聴塗説をさえも決して看過しないで堂々と論駁もするし弁明もした。 それにつき鴎外の性格の一面を窺うに足る・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ しかし、これも薬を売る手段とあれば、致し方あるまいと、おれは辛抱して見ていたが、やがて、その署名の活字がだんだん大きくなって行き、それにふさわしく、年中紋附き羽織に袴を着用するようになった。そして、さまざまな売名行為に狂奔した。れいに・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・道子はまるで活字をなめんばかりにして、その個所をくりかえしくりかえし読んだ。「応募資格ハ男女ヲ問ハズ、専門学校……。」 道子はふと壁の額にはいった卒業免状を見上げた。姉の青春を、いや、姉の生命を奪ったものはこれだったかと、見るたびチ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・勿論私の入智慧、というほどのたいしたことではないけれど、しかしそんな些細なことすら放って置けばあの人は気がつかず、紙質、活字の指定、見本刷りの校正まで私が眼を通した。それから間もなく私は、さきに書いたような、金銭に関するあの人の悪い癖を聞い・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 国定教科書の肉筆めいた楷書の活字。またなんという画家の手に成ったものか、角のないその字体と感じのまるで似た、子供といえば円顔の優等生のような顔をしているといったふうの、挿画のこと。「何とか権所有」それをゴンショユウと、人の前では読・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫