・・・二十六七の、気の強そうな話し好きであった。浅黒い顔にさっぱりした身なりで、現在の良人との結婚前後のことなど遠慮なく自分から話す。その間にちょいちょい鋭い批評眼らしいものが閃く。あれでもう少し重みと見識が加ったら、相当に話せる女になるだろうと・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・紅い帯を胸から巻き、派手な藤色に厚く白で菊を刺繍した半襟をこってり出したところ、章子の浅黒い上気せた顔立ちとぶつかって、醜怪な見ものであった。章子自身それを心得てうわてに笑殺しているのであろうが、ひろ子は皆が寄ってたかって飽きもせずそれをア・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ その女学校の女先生が制服のように着ていたくすんだ紫の羽織をつけただけは同じだが、その脊ののびのびと高い、やや浅黒い、額の心持よく緊張した顔立ちの若い先生は、第一瞥から暖い心情的な感じで若い生徒たちを魅した。多い髪がいくらか重そうにゆっ・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・やせぎすの浅黒い顔、きっちりとしてかりこんだ髪。つれの女の子、チェックのアンサンブル黒いハンドバッグと手袋とをその男がもってやっている。このよた、ちっとも笑顔をせず。「あっちへつけときましたから」「おつけになって下さいましたの?」・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・ 粘土の浅黒い泥の上に水色の襞が静かにひたひたと打ちかかる。葦に混じって咲く月見草の、淡い黄の色はほのかにかすんで行く夕暮の中に、類もない美くしさを持って輝くのである。 堤に植えられた桜の枝々は濃く重なりあって深い影をつくり、夏、村・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・吉岡が、特徴的に太い眉根をうごかして、浅黒い顔に白い歯を見せて笑いかけている。その顔が、丁度アヒルの卵ぐらいの大さに見えた。そんなに小さく、そんなに遠いところにあるのに、それは吉岡にまがうかたなく、実に鮮明に、美しく見えた。ひろ子は、うれし・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ Vis-ウィザ ウィイス の先生は、同じ痩せても、目のぎょろっとした、色の浅黒い、気の利いた風の男で、名を犬塚という。某局長の目金で任用せられたとか云うので、木村より跡から出て、暫くの間に一給俸まで漕ぎ附けたのである。 なんでも犬・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・お松と云って、痩せた、色の浅黒い、気丈な女で、年は十九だと云っているが、その頃二十五になっていたお金が、自分より精々二つ位しか若くはないと思っていたと云うのである。「あら。お金さん。目が醒めているの。わたしだいぶ寐たようだわ。もう何時。・・・ 森鴎外 「心中」
・・・しかし色の浅黒いのと口に力身のあるところでざッと推して見ればこれもきッとした面体の者と思われる。身長はひどく大きくもないのに、具足が非常な太胴ゆえ、何となく身の横幅が釣合いわるく太く見える。具足の威は濃藍で、魚目はいかにも堅そうだし、そして・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫