・・・ 映画素材から映画を作り上げる編集方法としてのモンタージュはそもそも映画始まって以来行なわれて来たものに相違ないのであるが、しかし初期の映画において、単に海岸に打ち寄せる波の遊びを見せたり、あるいは舞台演芸をそっくりそのまま写してみたり・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
ある晩私は桂三郎といっしょに、その海岸の山の手の方を少し散歩してみた。 そこは大阪と神戸とのあいだにある美しい海岸の別荘地で、白砂青松といった明るい新開の別荘地であった。私はしばらく大阪の町の煤煙を浴びつつ、落ち着きのない日を送っ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・それからその御寺の傍に小刀や庖丁を売る店があって記念のためちょっとした刃物をそこで求めたようにも覚えています。それから海岸へ行ったら大きな料理店があったようにも記憶しています。その料理店の名はたしか一力とか云いました。すべてがぼんやりして思・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・方角や歩数等から考えると、私が、汚れた孔雀のような恰好で散歩していた、先刻の海岸通りの裏辺りに当るように思えた。 私たちの入った門は半分丈けは錆びついてしまって、半分だけが、丁度一人だけ通れるように開いていた。門を入るとすぐそこには塵埃・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 明治廿六年の夏から秋へかけて奥羽行脚を試みた時に、酒田から北に向って海岸を一直線に八郎湖まで来た。それから引きかえして、秋田から横手へと志した。その途中で大曲で一泊して六郷を通り過ぎた時に、道の左傍に平和街道へ出る近道が出来たという事・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・一九二六(、五、一九、〔以下空白〕五月十九日 *いま汽車は青森県の海岸を走っている。海は針をたくさん並べたように光っているし木のいっぱい生えた三角な島もある。いま見ているこの白い海が・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 陽子の部屋に比べると、海岸に近いだけふき子の家は明るく、眩ゆい位日光が溢れた。ふき子は、縁側に椅子を持ち出し、背中を日に照らされながらリボン刺繍を始めた。陽子は持って来た本を読んだ。ぬくめられる砂から陽炎と潮の香が重く立ちのぼった。・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 己は海岸に立ってこの様子を見ている。汐は鈍く緩く、ぴたりぴたりと岸の石垣を洗っている。市の方から塔へ来て、塔から市の方へ帰る車が、己の前を通り過ぎる。どの車にも、軟い鼠色の帽の、鍔を下へ曲げたのを被った男が、馭者台に乗って、俯向き加減・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・ 己はこの国の海岸を愛する。夢を見ているように美しい、ハムレット太子の故郷、ヘルジンギヨオルから、スウェエデンの海岸まで、さっぱりした、住心地の好さそうな田舎家が、帯のように続いていて、それが田畑の緑に埋もれて、夢を見るように、海に覗い・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・ 中世の末にヨーロッパの航海者たちが初めてアフリカの西海岸や東海岸を訪れたときには、彼らはそこに驚くべく立派な文化を見いだしたのであった。当時のカピタンたちの語るところによると、初めてギネア湾にはいってワイダあたりで上陸した時には、・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫