・・・ 安子はそう言うといきなり起ち上って、男湯と女湯の境についている潜り戸をあけると、男湯の中へ裸のままはいって行った。手拭を肩に掛けて、乳房も何も隠さずすくっと立ちはだかったまま、「さあ入ったよ。手を突いてシャボン水お飲みよ」 健・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・の安心で、大戸の中の潜り戸とおぼしいところを女に従って、ただ只管に足許を気にしながら入った。女は一寸復締りをした。少し許りの土間を過ぎて、今宵の不思議な運を持来らした下駄と別れて上へあがった。女は何時の間に笠を何処へ置いたろう、これに気付い・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 建仁寺のひどく壊れた外廻りを見廻し、自分は黙って潜り戸をあけた。そして、左右に浅い植込みを持ち、奥にその女の住う格子戸を眺める門内に立つと、覚えず身を縮めるような心持になった。 何とも云えない、ひどい様子である。 とっつきの左・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫