・・・ 段々せわしくなって来たんだから無理もないけれ共何てせいて帰った事だろうと、書斎にぽつんと座って飾った美くしい人形を見ながら思う。 あれじゃあ、何のために此処を飾ったんだかわけがわからない。 腹立たしい気持ちにもなるけれ共まあ一・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・藤子が食い付きそうだと云ったのも無理は無い。 附き添って来たお上さんは、目の縁を赤くして、涙声で一度翁に訴えた通りを又花房に訴えた。 お上さんの内には昨夜骨牌会があった。息子さんは誰やらと札の引張合いをして勝ったのが愉快だというので・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ユリアが警部にこう云ったのは無理も無い。あんなやくざもののツァウォツキイを、死んだあとになってまで可哀く思うのは、実に怪しからん事である。さて葬いのあった翌日からは、ユリアは子供の着物を縫いはじめた。もう一月で子供が生れることになっていたか・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・無論荒誕のことを信ずる世の人だから夢を気にかけるのも無理ではない。思えば思うほど考えは遠くへ走って、それでなくてもなかなか強い想像力がひとしお跋扈を極めて判断力をも殺いた。早くここでその熱度さえ低くされるなら別に何のこともないが、なかなか通・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 必ずそのときには悪魔か神かに突きあたってぶらぶらしてしまうより方法はないが、何かかけ声のようなものをかけ、一飛びに無理をそのまま捻ぢ倒してしまってふうふうという。つまりそのときは明らかに自分が負かされてしまっているのだ。それを明瞭に感・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・そういう時に人が、そんなにノラクラしているくらいなら、と思うのも無理はないと思います。自分でさえそう感じる事が時にはあるのですから。私は私たちの心持ちに同情のない要求にすぐ従おうとは思いませんが、しかしなお自分をどうにかしなければならない事・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫