・・・ 近代の文化は解放された人としての女性に、箇性の尊重と、人格完成の願望とを自覚させた。無論は、女性が昔の偏狭な、恥辱的な性的差別に支配、圧迫された生活から脱して、一箇の尊敬すべき独立的人格者として生活すべき事を他人にも我にも承認させた。・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・どうも世間の教育を受けた人の多数は、こんな物ではないかと推察せられる。無論この多数の外に立って、現今の頽勢を挽回しようとしている人はある。そう云う人は、倅の謂う、単に神を信仰しろ、福音を信仰しろと云う類である。又それに雷同している人はある。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・それに雨に濡れて骨牌の色刷の絵までがにじんでぼやけて来た。無論相手の破落戸はそれには困らない。どうせ骨牌を裏から見て知っているからである。しかしきょうはもう廃す気になっていた。「いや。もうこのくらいで御免を蒙りましょう。」わざと丁寧にこ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 思い入ってはこらえかねてそぞろに涙をもよおした。無論荒誕のことを信ずる世の人だから夢を気にかけるのも無理ではない。思えば思うほど考えは遠くへ走って、それでなくてもなかなか強い想像力がひとしお跋扈を極めて判断力をも殺いた。早くここでその・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・――無論、何をいっているのか彼にも分らなかった。 妻は冷淡な眼で彼を見詰めたまま黙っていた。「お前は俺よりも、そんなことは良く知っているだろう。死ぬなんていうことは、下らない、何んでもない、馬鹿馬鹿しいことなんだ。」「あたし、も・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫