・・・もしも又、私が此処に指摘したような性急な結論乃至告白を口にし、筆にしながら、一方に於て自分の生活を改善するところの何等かの努力を営み――仮令ば、頽廃的という事を口に讃美しながら、自分の脳神経の不健康を患うて鼻の療治をし、夫婦関係が無意義であ・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・――旦那さん、その虫は構うた事には叶いませんわ。――煩うてな……」 もの言もやや打解けて、おくれ毛を撫でながら、「ほっといてお通りなさいますと、ひとりでに離れます。」「随分居るね、……これは何と言う虫なんだね。」「東京には居・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ と異な声で、破風口から食好みを遊ばすので、十八になるのを伴れて参りました、一番目の嫁様は来た晩から呻いて、泣煩うて貴方、三月日には痩衰えて死んでしまいました。 その次のも時々悲鳴を上げましたそうですが、二年経ってやっぱり骨と皮・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・乱暴なものを食べさせるんだもの、綿の餡なんか食べさせられたのだから、それで煩うんだ。」「おやおや飛んだ処でね、だってもう三月も過ぎましたじゃありませんか。疾くにこなれてそうなものですね。」「何、綿が消化れるもんか。」 ミリヤアド・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・(身を悶お蔦 (はっと泣いて、早瀬に縋一日逢わねば、千日の思いにわたしゃ煩うて、針や薬のしるしさえ、泣の涙に紙濡らし、枕を結ぶ夢さめて、いとど思いのますかがみ。この間に、早瀬、ベンチを立つ、お蔦縋るようにあとにつき、双方涙の・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・まあさぞお草臥なさいまして、お眠うもございましょうし、お可煩うございましょうのに、つい御言葉に甘えまして、飛んだ失礼を致しました。」 人にも言わぬ積り積った苦労を、どんなに胸に蓄えておりましたか、その容体ではなかなか一通りではなかろうと・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・中には茫然と眺め入って、どうしてその日の夕飯にありつこうと案じ煩うような落魄した人間も居る。樹と樹との間には、花園の眺めが面白く展けて、流行を追う人々の洋傘なぞが動揺する日の光の中に輝く光影も見える。 二人は鬱蒼とした欅の下を択んだ。そ・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・我を司どるものの我にはあらで、先に見し人の姿なるを奇しく、怪しく、悲しく念じ煩うなり。いつの間に我はランスロットと変りて常の心はいずこへか喪える。エレーンとわが名を呼ぶに、応うるはエレーンならず、中庭に馬乗り捨てて、廂深き兜の奥より、高き櫓・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・実はその繁多にしてこれに従事するの智力に乏しきこそ患うべけれ。これを勤めて怠らざれば、その事務よくあがりて功を奏したるの例も少なからず。一事に功を奏すれば、したがってまた一事に着手し、次第に進みてやむことなくば、政府の政は日に簡易に赴き、人・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ どうしたら怒らせまいかと思い患う前に先ずその一つ先の笑わせる事を考えます。 彼等が生活というものを真剣に考える事は、我国の婦人の及ばないところだろうと思います。 生活は彼女等にとって遊戯ではございません。生きなければならないと・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫