・・・所謂牧歌的のものはそれでいい。それらには野趣があるし、又粗野な、時代に煩わされない本能や感情が現われているからそれでいいけれど、所謂その時代の上品な詩歌や、芸術というものは、今から見ると、別に深い生活に対する批評や考案があったものとも思われ・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・ その生涯のきわめて戯曲的であった日蓮は、その死もまた牧歌的な詩韻を帯びたものであった。 弘安五年九月、秋風立ち初むるころ、日蓮は波木井氏から贈られた栗毛の馬に乗って、九年間住みなれた身延を立ち出で、甲州路を経て、同じく十八日に武蔵・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
都会の者だって夫婦げんかはする。けれども、田舎の夫婦げんかには、独得の牧歌的滑けいがつきものです。いつか村で有名な夫婦げんかが一つあった。 勇吉という男がある。もう五十八九の年配だ。体の大きいひょうかんな働きてで、どん・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ では、とかく牧歌的な空想をもって文学に扱われて来た田舎ではどうであろうか。これに答えるのは、今日の農民の貧困の現実がある。農村の生活で自然の美を謳うより先に懸念されるのはその自然との格闘においてどれだけの収穫をとり得るかという心痛であ・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・の舞台の牧歌的朗らかな恋愛表現、哄笑的ナンセンスとの対照。又「D《デー》・E《エー》」の黒漆でぬたくったような暗い激しい圧力と「吼えろ! 支那」の切り石のような迫力との対照は、メイエルホリドがひととおりの才人でないことを知らされる。「お・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 牧歌的な懐古の趣ばかりがここに感じられないところに、今日の現実の性質があるのだと思う。〔一九四〇年三月〕 宮本百合子 「昔を今に」
・・・すなわち牧歌的とも名づくべき、子守歌を聞く小児の心のような、憧憬と哀愁とに充ちた、清らかな情趣である。氏はそれを半ばぼかした屋根や廂にも、麦をふるう人物の囲りの微妙な光線にも、前景のしおらしい草花にも、もしくは庭や垣根や重なった屋根などの全・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫