・・・と老人が物知り顔にいう。「ランスロットは馬の頭を右へ立て直す」「右? 右はシャロットへの本街道、十五哩は確かにあろう」これも老人の説明である。「そのシャロットの方へ――後より呼ぶわれを顧みもせで轡を鳴らして去る。やむなくてわれも・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・しかし不思議にもこの談話は、物知りぶった、また通がった陋悪な分子を一点も含んでいなかった。余は固より政党政治に無頓着な質であって、今の衆議院の議長は誰だったかねと聞いて友達から笑われたくらいの男だから、露西亜に議会があるかないかさえ知らない・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・けれども役所のなかとちがって競馬場には物知りの年とった書記も居なければ、そんなことを書いた辞書もそこらにありませんでしたから、わたくしは何ということなしに輪道を半分通って、それからこの前山羊が村の人に連れられて来た路をそのまま野原の方へある・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ もし浅薄に、旧いしきたりに準じて作家と読者というものを形式上対置して、今の読者はものを知らないという風な観かたに止れば宇野浩二のような博識も、畢竟明治大正文学の物識り博士たるに止ってしまう。 先頃『文芸』にのった作家と作家の文芸対・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
出典:青空文庫