・・・これは勿論一つには、彼の蒲柳の体質が一切の不摂生を許さなかったからもありましょうが、また一つには彼の性情が、どちらかと云うと唯物的な当時の風潮とは正反対に、人一倍純粋な理想的傾向を帯びていたので、自然と孤独に甘んじるような境涯に置かれてしま・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 或理想主義者 彼は彼自身の現実主義者であることに少しも疑惑を抱いたことはなかった。しかしこう云う彼自身は畢竟理想化した彼自身だった。 恐怖 我我に武器を執らしめるものはいつも敵に対する恐怖である。し・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・……私は全くそうした理想屋です。夢ばかり見ているような人間です。……けれども私の気持ちもどうか考えてください。私はこれまで何一つしでかしてはいません。自体何をすればいいのか、それさえ見きわめがついていないような次第です。ひょっとすると生涯こ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ しかるに空想的理想主義者は、誤っていかなる境界におかれても、人間の精神的欲求はそれ自身において満たされうると考える傾きがある。それゆえにその人たちは現在の環境が過去にどう結び付けられてい、未来にどう繋がれようとも、それをいささかも念と・・・ 有島武郎 「想片」
・・・しかし羨ましいね君の今のやり方は、実はずっと前からのおれの理想だよ。もう三年からになる。B そうだろう。おれはどうも初め思いたった時、君のやりそうなこったと思った。A 今でもやりたいと思ってる。たった一月でも可い。B どうだ、お・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・精神的修養に資せられるべきは言うを待たない、西洋などから頻りと新らしき家庭遊技などを輸入するものは、国民品性の特色を備えた、在来の此茶の湯の遊技を閑却して居るは如何なる訳であろうか、余りに複雑で余りに理想が高過ぎるにも依るであろうけれど、今・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌を挙げて豪奢に傲る乎、でなければ俗世間に拗ねて愚弄する乎、二つの路のドッチかより外なかった。 椿岳は奇才縦横円転滑脱で、誰にでもお愛想をいった。決して人を外らさなかった。召使いの奉公人にまでも如才なくお世辞・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この本はわれわれに新理想を与え、新希望を与えてくれる本であります。実にキリスト教の『バイブル』を読むような考えがいたします。ゆえにわれわれがもし事業を遺すことができずとも、二宮金次郎的の、すなわち独立生涯を躬行していったならば、われわれは実・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・たとえば、人間に共通した真理はある。理想はある。感情はある。けれど、それのみの世界というものは、現実に於てあり得ない。大衆といい、民衆といい、抽象的に、いかように人間を考えらるゝことはあっても、実際に於ける、大衆の生活、民衆の生活は、全く個・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・これは美化され、理想化された大阪弁であって、隅から隅まで大阪弁的でありたいという努力が、かえって大阪弁のリアリティを失っているように思われる。その点宇野氏の「長い恋仲」は大阪弁の音楽的美しさは感じられないが、一種トボけた味がある。ことに、東・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫