・・・大の男が五人も寄ってる癖に全くあなたがたは甲斐性なしだわ。戸部 畜生……出て行け、今出て行け。とも子 だからよけいなお世話だってさっきも言ったじゃないの。いやな戸部さん。(悔戸部うなる。言われなくたって、出たけ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ おやじというのは、お袋とは違って、人のよさそうな、その代り甲斐性のなさそうな、いつもふところ手をして遊んでいればいいというような手合いらしい。男ッぷりがいいので、若い時は、お袋の方が惚れ込んで、自分のかせぎ高をみんな男の賭博の負けにつ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、何かにつけて蝶子は自分の甲斐性の上にどっかり腰を据えると、柳吉はわが身に甲斐性がないだけに、その点がほとほと虫好かなかったのだ。しかし、その甲斐性を散々利用して来た手前、柳吉には面と向っては言いかえす言葉はなかった。興ざめた顔で、蝶子の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・道を歩くにもすかしすかししなければ行かれないほどになってからは、自分でも驚くほど、甲斐性がなくなり、絶えず、眼の前に自分をおびやかす何物かが迫って居る様に感じだした。 物におどおどし、恥しいほど決断力も、奮発心も失せてしまった。 貧・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・菊太の女房はこの上なしのだらしなしやで、針もろくに持てず、甲斐性のない女だと女中まで、くさいものが前に有る様な顔を仕て話してきかせる。「菊太爺さんもずるい爺様ですない。 いつもいつも、どうにかして無理を通して行く。御隠居様も今度・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫